「啐啄の機」No.62(2026年11月1日)

2026.11.01

人生という山を登る旅 ~ 硤合博士の言葉から
 
今年のノーベル化学賞に、東京理科大学栄誉教授の硤合憲三(そあいけんそう)博士が選ばれました。昨年に続く日本人研究者の化学賞受賞です。長年にわたる日本の化学研究が世界的に高く評価されたことを、たいへん喜ばしく思います。
 
硤合博士は、生命の起源にも関わる不斉自己触媒作用の研究により、その功績を評価されました。しかし、その道のりは決して平坦なものではなかったようです。
 
10月8日付の朝日新聞に掲載された記事で、硤合博士は長年の研究の苦労について尋ねられ、次のように答えています。
 
「はたから見たら苦しいことが続いていたかもしれないが、本人はそう思っていない」
「研究は楽しく、これはすごいな、と思うこともある」
 
さらに自身の研究活動については、
「山があるかも分からない。暗い場所で頭にヘッドライトをつけてたどっている気分」と表現しています。
 
目指す場所がどこにあるのかさえ分からず、手探りで進み続ける。それでも、本人にとっては苦しみばかりではなく、楽しさや発見の喜びがある。研究者としての硤合博士の姿勢に、私は大きな感銘を受けました。
 
こうしたことは、研究の世界だけに限らないと思います。
 
私たちの人生もまた、答えの見えない山を登るようなものではないでしょうか。どの道を選べばよいのか、進んだ先に何が待っているのか、誰にも分かりません。努力が必ず報われるという保証もありません。それでも、自分で考え、選び、一歩ずつ進んでいく。その過程にこそ、発見や喜びがあるのだと思います。
 
同じ道を歩んでいても、それを苦しいだけの道と感じるのか、それとも新しい発見に出会える道と感じるのか。その違いが、人生を充実したものにできるかどうかの分かれ目なのかもしれません。
 
本校の校訓は「人間らしく生きる」です。——正解のない時代を生きる私たちにとって大切なのは、「なぜ自分はその道を選んだのか」という、判断に対する明確な根拠を持つことです。誰かが示した正解を選ぶことだけが大切なのではありません。自分で考え、納得して選んだ道を、自信を持って正解にしていく。そのような生き方こそ「人間らしく生きる」ことだと、私は考えています。
 
生徒の皆さんには、これからさまざまな選択の機会が訪れます。時には迷い、思いどおりにいかず、立ち止まることもあるでしょう。しかし、そんな時にも、自分で選んだ道を歩むことの意味を考え、前向きに進んでほしいと思います。
 
そしていつか、自分の歩んできた道を振り返ったとき、胸を張って「人生は楽しい」と言える。そんな生き方を、一人ひとりが見つけてくれることを願っています。