「啐啄の機」No.57(2026年5月1日)

2026.05.01

5月を迎えて——「慣れる」ということ
 
新年度が始まって一か月がたち、今日から5月です。新入生の皆さんも、在校生の皆さんも、新しいクラスや環境に少しずつ慣れてきた頃ではないでしょうか。校内を歩いていると、教室や廊下から聞こえてくる声にも、どこか落ち着きが感じられます。新しい人間関係が少しずつ形を成し、日々の学校生活に安心して向き合える時期に入ってきたように思います。
 
さて、今回はこの「慣れる」という言葉について、少し考えてみたいと思います。
 
私たちが日常的に使っている「慣れる」という言葉は、「成る(なる)」や「馴る(なる)」に由来すると言われています。「成る」とは、時間をかけて変化し、ふさわしい姿へと整っていくこと。「馴る」は、人や環境に親しみ、自然に溶け込んでいくことを表します。
 
つまり「慣れる」とは、同じ状態をただ繰り返すことではなく、自分自身が変わりながら、その場にふさわしい姿へと成っていくことを本来は意味しているのです。
 
一方で、日本語には「狎れる(なれる)」という言葉もあります。これは、慣れすぎることで節度を失い、気の緩みや油断が生まれてしまう状態を指します。「なれなれしい」という言葉からもわかるように、親しさが行き過ぎると、無遠慮さや甘さにつながることがあります。
 
同じ「慣れ」であっても、それが成長へと向かうのか、それとも気の緩みに流れてしまうのか——その違いは一見わずかなようでいて、やがて大きな差となって表れてきます。そして今の皆さんは、まさにその分かれ目に立っています。
 
環境に慣れた今だからこそ、その安心にとどまるのではなく、その中で自分をどのように高めていくのか。授業への向き合い方をもう一段深めること、日々の学習を丁寧に積み重ねること、小さな挑戦を重ねていくこと——その一つひとつが、確かな成長につながっていきます。
 
まもなく定期考査も始まります。この一か月で築いてきた生活リズムや学習習慣を土台に、自分自身としっかり向き合い、持てる力を発揮してください。結果はもちろん大切ですが、それ以上に大切なのは、そこに至るまでの過程です。
 
新緑がいっそう鮮やかさを増していく5月。「慣れ」に流される人で終わるのか、「成る」ために自らを律する人となるのか——その答えは、これからの日々の過ごし方にあります。焦らず、自分の歩幅で、一日一日を大切に積み重ねていってください。