2026.04.08
困難な時代を越えてきた君たちへ
新入生の皆さん。今日、皆さんは、新しい学校生活の第一歩を踏み出しました。この日を迎えた喜びと緊張が、今、皆さんの胸の中にあることでしょう。
高等学校に入学した皆さん。皆さんは、今、15歳です。15年前の2011年3月11日。日本は東日本大震災という未曽有の災害に見舞われました。そのとき、皆さんは生まれたばかり、あるいは、これから生まれてくる命でした。
大きな揺れとともに始まった不安な時代。その時代を越え、今日、ここに立つ皆さんの姿があります。多くの困難を乗り越え、大切に育てられ、今、高校生としてこの日を迎えられたことに、深い敬意と、心からの感謝を申し上げます。
中学校に入学した皆さん。皆さんが小学校に入学した頃、日本は新型コロナウイルス感染症の拡大により、全国一斉休校という、誰も経験したことのない事態に直面していました。教室に友達が集まることも、当たり前のように行事を行うことも難しい日々の中で、皆さんは戸惑いや不安を感じながらも、学びを続けてきました。
「当たり前」だった日常が、突然、当たり前ではなくなる。そのような経験を経てもなお、皆さんは前を向き、自ら中学受験という選択をし、努力を重ねてきました。その歩みは、決して容易なものではなかったはずです。
高校生の皆さんも、中学生の皆さんも、今日のこの日を迎えるために、それぞれの場所で、静かに、そして確かに努力を続けてきました。
思うようにいかなかった日。立ち止まりたくなった日。それでも歩みを止めなかった自分自身を、どうか誇りに思ってください。そして、皆さんの周囲には、その努力を支え、見守り、ともに悩んでくれた人たちがいることを、どうか忘れないでください。
これから始まる学校生活では、たくさんの「わからないこと」に出会います。「学び」とは、常に「わからない」ことから始まります。うまくいかないことや、思うように解けない課題に直面することもあるでしょう。しかし、その先にこそ、皆さんの成長があります。
新入生の皆さん。皆さん一人ひとりが、この学校での学びと経験を通して、自分なりの目標を見つけ、未来を切り拓いていくことを心から願っています。私たち教職員一同は、その歩みを全力で支えていたいと思っています。
「啐啄の機」とは、もとは禅の用語ですが、教育界でよく用いられる言葉です。
「啐(そつ)」は、雛が孵化しようとしているときに卵の内側からつつく音のこと、「啄(たく)」は、親鳥が卵の外からコツコツとつつく音のことをいいます。「啐啄同時」ともいい、この二つの機会が一致してこそ、雛鳥は無事に誕生できるという意味です。
このことから「啐啄の機」という言葉は、人を育てるためには機会をとらえることがとても重要であることのたとえとして用いられます。
令和8年度も校長ブログ「啐啄の機」を通して、ふだん私が考えていることや感じたことを皆さまにお伝えしてまいります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。