受験が終わって…

 

月曜の朝刊紙面、俳句の投稿欄を見ていたら、こんな句が目に入りました(「朝日新聞」3月27日朝刊 朝日俳壇)。

 

如月や僕の運命決まるとき            (東京都)田中 力翔さん

 

評者(長谷川櫂さん)によると、作者は15歳とのこと。つまり、高校受験生が入試という大きな関門を前に、緊張する心情を詠んだ一句でしょう。運命の女神は果たして作者に微笑んでくれたのか…、ぜひそうであって欲しいと思います。

 

受験シーズンの朝、緊張した面持ちの受験生を駅のホームや電車の中で見かけると、思わず「頑張って!」と声をかけたくなります。本校の入試では生徒補助員が受験生の誘導案内などを手伝ってくれますが、彼らも自分が受験生だった時を思い出すのか、受験生にはとても親切丁寧に接してくれています。きっと心の中で受験生に声援を送っているはずです。受験生は入試という運命に、たった一人で立ち向かっているという思いが強いかもしれません。しかし、実際は家族や先生、友達をはじめ多くの人々の直接的、間接的な支えがあるのです。もちろん、運命の扉を開けるのは受験生本人の力ですが、その出力量は応援団の声援量にも左右される気がします。

 

そう言えば、同じ評者は田中さんの句と並んで、こんな一句も採り上げています。

 

大試験母にも長き一と日かな           (神戸市)涌羅 由美さん

「たいへんなのは受験生だけではないと記憶せよ」とは評者の言葉です。(なお、この句は3人の選者に採用されています)

 

入試が終わり卒業式もすんで進学先の入学式を前に、のんびりした時間を過ごしている新入生のみなさん。みなさんの運命の扉を一緒に押し開いてくれた、多くの人たちへの感謝の気持ちも忘れずに、新学期を迎えてください。

 

開花宣言が出たとはいうものの、このところの寒の戻りで小金井キャンパスの桜はまだまだ小さなつぼみです。昨年同様、桜に因んだ百人一首をそえて、今年度最後のブログの筆を置きます。

 

高砂の 尾の上の桜 咲きにけり

外山の霞 立たずもあらなむ (権中納言匡房)

 

 

4月からもどうぞよろしく。

 

 

校庭のソメイヨシノ

校庭のソメイヨシノ

 

わからないことが大切! ~ TDU 4D-Lab発表会 ~

 

今年から始まった学年横断(中2~高1)型探求学習、TDU 4D-Labの1年間の活動を締めくくる、中学3年生による発表会が3月16日に開催されました。全部で38のLab(ラボ=研究グループ)の中から選ばれた10のLabが自分たちの1年間の研究成果を発表し、評価者(※)と会場内の生徒たちからの質問に答えました。

 

発表した10のLabは以下の通りです(発表順)。

① ラーメンLab

② 麹菌の働きLab

③ 土地の高低差から歴史を考えるLab

④ 日本とアメリカを知ろうLab

⑤ 歩くLab

⑥ 高校生クイズLab

⑦ TDU広報室Lab

⑧ 日本庭園のしくみLab

⑨ 糸の可能性Lab

⑩ 災害レンジャーLab

 

いずれも実験や観察、フィールドワークやアンケート調査など、自分たちの課題を解決するのにふさわしい手法に基づいた調査が行われていること、発表も動画を入れたり実演して見せたりなど工夫があって、どれも面白く興味深い研究発表だったと思います。

 

なかでも、浅草に出かけてアメリカからの観光客に突撃インタビューを試みた④、自分たちの理想とする「歩き方」を実証した⑤、巧みなプレゼンテーションで編み物の楽しさを伝えた⑨、問題意識をしっかり持って校内の防災設備に対する独自の提案をした⑩は、評価者から高い評価を得ることができました。また、評価者のうち大学の先生方からは、生徒たちから積極的かつ適切な質問や意見が出ていたことを褒めていただきました(大学生たちの卒業研究発表会などでは、フロアの学生から質問が出ることはほとんどないそうです…)。

 

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しかし、課題設定の妥当性、仮説の立て方や検証方法の有効性や集めたデータの分析方法など、探求学習を続ける上での課題も見つかった発表会だったようにも思います。4D-Labの特徴は、探求のサイクルが一周で終わるのではなく、今年の活動の結果を受けて、さらに来年度も引き続き研究を継続して深められる点にあります。探求のサイクルをもう一周回すことで内容も手法も深まり、さらに新しい課題が見つかることを期待したいと思います。こうした探求学習では、「わかったこと」より「わからなかったこと」をどのように次の問いや課題に立てるか、それが大切なポイントとなります。

 

なお、10のLabのうち④と⑤が最優秀賞となり、18日の中学校卒業証書授与式後に、あらためて在校生、来賓、保護者のみなさんの前で研究発表を行いました。全Labの代表にふさわしい立派な発表だったことを付け加えておきましょう。

 

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※当日の発表会の評価者(敬称略) みなさん、お忙しい中ありがとうございました。

 

雑賀  高(本校PTA顧問 工学院大学教授)

三井 和幸(東京電機大学教授)

松原 和之(コアネット教育総合研究所所長)

平川 吉治(高校教頭)

古城  仁(中学教頭)

大久保 靖(校長)

 

 

永久欠番  作詞・作曲 中島みゆき
 

歌詞は著作利用の許諾を得ていないため掲載しておりません。

 

佐藤敏郎先生の「震災直後の授業」から学ぶ
東日本大震災から明日で6年です。少しずつ復興は進んでいるものの、いまだ12万3千人(復興庁発表 平成29年2月13日現在)の方たちが避難生活を強いられています。あのような経験は被災した方たちの心から簡単に消えるものではなく、本当の意味での復興にはまだまだ終わりは見えていません。そんな中、女川第一中学校の国語の先生をされていた佐藤敏郎先生より「震災直後の授業から学ぶ」と題した講演を聴く機会を得ました。佐藤先生はご自身も大川小学校6年生だった次女みずほさん(当時12歳)を亡くされた遺族でもあります。3・11を無駄にしない、3・11からの日々を無駄にしたくないという思いで命の尊さや防災教育の大切さを全国でお話されています。

講演は震災時のお話から1ヶ月後の新学期の話になりました。あの大震災の直後、町は壊滅状態にもかかわらず新学期は例年通りの日程で始まることに決まったそうです。全国から善意でたくさんの文房具や学用品などが贈られ、国語の教科書の配布も間に合ったそうです。しかし、佐藤先生は内心「教科書は間に合わないでほしい」と思っていたそうです。先生が担当されていた中学3年生の国語の教科書の最初の教材は、上にある中島みゆきの「永久欠番」だと知っていたからです。

講演の中で先生は、私たち参加者に「震災直後の新学期、先生方だったらこの教材を使ってどのような授業をされますか。」と尋ねられました。しばらくの間ひとりで考えた後、まわりの参加者と意見交換をしました。目の前にいる中学生を思い浮かべ、教壇に立っている自分の姿を想像してみましたが、何をどのように話すべきか一向に考えはまとまりませんでした。中高生のみなさんも少しだけ考えてみてください。(詳しくは、ホームページ『「被災地の“放課後学校”コラボスクール」【被災地の教育現場 vol.13】新学期は中島みゆきから』を読んでください)

 

私たちにできること

最近、朝日新聞に「17歳あれから 東日本大震災6年」という記事が掲載されました。みなさんの中にも読んだ人がいるでしょう。私たちは今後どのように震災と関わっていけばよいのでしょうか。私たちには何ができるのでしょうか。何をすべきなのでしょうか。震災を経験した高校生の記事を読んでいると、その答えが少しですが見えてくるように思います。

 

岩手県宮古市で、海にいた父親を案じ続けた長尾佑梨絵さん(17)。翌年、盛岡市の市立中学に進んだ。内陸へ車で2時間ほど。父親を宮古に残して、母親と2人で引っ越した。1年生のある日、授業中に大きめの地震があった。すぐに全員が机の下にもぐった。揺れが収まると「3・11」の話題に移る。

「盛岡で電気も水道も止まって大変だった」「給水車まで水汲みに行ったんだよね」みな怖さと大変さを比べ合う。自分も口を開いた。「すっごい揺れて、防災無線が鳴って、おばあちゃんも死んじゃった」全員がシーンとなった。あれっ?

仮設住宅でまだ暮らしている人がいるし、復興なんてしてない。続けようとしたところで、気づいた。わたし、空気読めてない。(何、ガチで話してんだよ)(沿岸ぶってる)そう思われてる?ふだんのキャラじゃないって? 津波が来なかった盛岡では、宮古にあった「支援ありがとう」の看板や、「がんばっぺす」のTシャツの人も見なくなった。

(朝日新聞 2月28日 朝刊)

(震災のこと、学校で話しにくい。そう思ってきた盛岡市の長尾佑梨絵さん(17)は、核兵器廃絶を求める署名活動を始めた。ネットニュースで同じ年の子が国連でスピーチをするのを見て、興味を持った。)

去年の8月、長崎原爆資料館に行った。爆心地周辺の写真を見た瞬間、リンクした。うわ、これ分かる。岩手県宮古市の5年半前の風景。電柱がなぎ倒され、建物の壁やガラスも突き破られていた。普段見えない場所まで、街が見渡せる。カラスが遺体らしきものをつついていた。長崎では、肉親3人が原爆の犠牲になった女性に会った。自分も津波で祖母を失った。町も家族も、大事なものが一瞬で消えてしまうのは同じ。そんな経験を誰かにさせたくない。

その後、スイスの国連欧州本部に署名を届け、英語で国連職員にこう呼びかけた。「命の尊さについて、自分の声で世界に伝えていきたい」盛岡の友だちにも、できたら話してみたい。

(朝日新聞 3月1日 朝刊)

 

 

春休みのイベントいくつか

1.科学技術とベンチャービジネス

【開催日】平成29年3月28日(火) 14:00~16:00

【場 所】東京農工大学小金井キャンパスグリーンホール

【内 容】「宇宙天気予報」「なぜNICT研究者が起業したのか」「ベンチャーという選択肢」

 

2.「マイプロジェクトアワード2016」(認定NPO法人カタリバ主催)

高校生によるプロジェクト学習の全国大会です。全国の高校生がどのようなプロジェクト学習を行っているかを生で見られる絶好の機会です。来年度の4D-Labにおける研究のヒントが得られるかもしれません。

【開催日】3月24日(金)~26日(日)

【開催場所】京都造形芸術大学・東北芸術工科大学 外苑キャンパス(@青山一丁目)

【詳細】www.goo.gl/a9Zj25

【申込(先着順)】http://bit.ly/2kaTww8

難民問題を考える ~映画『海は燃えている イタリア最南端の小さな島』~

 

トランプ米国大統領が就任早々出した大統領令を待つまでもなく、移民難民問題は世界の最重要課題の一つでしょう。今日も世界各地の政情不安地域から、多くの人々が自由と安全を求めて逃避行を続けているはずです。日本でも1970年代末にはインドシナ各地からのボートピープルを難民として受け入れていた時期がありましたが、現在の難民出身国が主に中東やアフリカであるためか、私たちにとってこの問題は遠い国の話にしか感じられないのが実情かも知れません。しかし、実際には2015年日本政府に新たに難民認定申請した人数は7586人で、そのうち認定されたのは、わずかに27人だそうです(2016年1月23日 法務省入国管理局プレスリリースより)。

 

中東やアフリカ各地からヨーロッパをめざす難民ルートの一つに、北アフリカの地中海沿岸からイタリア半島に向かうルートがあります。地中海をすし詰め状態の老朽船で渡るのですから陸路より危険度は高いかもしれません。イタリア最南端に位置する人口5500人のランペドゥーサ島は、そうした難民たちを受け入れる最前線です。1年半にわたってこの島に住み、島民と難民の交錯を記録したジャンフランコ・ロージ監督のドキュメンタリー映画『海は燃えている』を観てきました。

 

島民と難民の交錯とは書いたものの、実際には難民は海上で保護されてそのまま島内の施設に収容されてしまうので、両者がふれあう場面はありません。映画は島民の日常生活と、海上での救助活動や収容施設での難民の様子を交互に映し出します。狂言回しの一人に手作りのパチンコで鳥撃ちに夢中な12歳になるサムエレという少年が登場します。彼らの日常生活のどこにも難民の姿を感じさせるものはありません。ひたすら穏やかで静謐な島の暮らしが描き出されます。しかしその一方で、島の沖合では沈没寸前のオンボロ船で死と隣り合わせの難民がいるのです。運良く救助された難民たちの、安堵とはほど遠い茫然自失とした表情をカメラは容赦なく記録しています(こんなに疲労感と悲愴感に刻まれた人間の顔を私は見たことがありません…)。平穏さと苛烈さが同時に存在するランペドゥーサ島。極端に異なる二つの世界を、ナレーションやテロップといった“言葉”という便利な道具を一切使用せずに、映像のみで表現するロージ監督の感性と編集力に唸らされます。

 

難民と直接ふれあう唯一の島民であるバルトロ医師が、難民たちの悲惨な状況を記録した画像を見ながら「こうした人々を救うのはすべての人間の務めだ」と語るシーンがあります。直接ふれあう機会はないが、海の向こうからやって来る難民たちをやっかいな存在としてではなく、同じ海、同じ世界に生きる者同士として静かに受け入れようという島民の思いは映像の端々から感じられました。

 

映画のラスト近く、夜明け前の薄暗い中、いつもパチンコで鳥撃ちしている茂みにやってきたサムエレ少年。木の枝でさえずる1羽の鳥を見つけると、パチンコではなく、鳴き真似で鳥とあたかも会話を始めるシーンがたいへん意味深長です。

 

ランペドゥーサ島のある地中海は、国境という人為的な境界が生まれる17世紀の主権国家体制成立の遙か前から、フェニキア人、ギリシア人、ゲルマン人そしてイスラームといった、種々雑多な民族・集団が往来して、文化、宗教、言語などさまざまな交流の舞台となった世界です。そうした歴史的背景も想起すれば、現在の移民難民問題にも違った観点で解決策を考えることができるかもしれません…。

 

(ジャンフランコ・ロージ監督作品 渋谷Bunkamuraル・シネマで公開中)

春に…

 

前回から2週間ぶりの更新になります。(この間、ちょっと忙しくてサボってしまいました。お許しください。)

 

さて、2月も下旬を迎えると、ひと頃に比べて格段と日が長くなったことが実感されますね(今日の日没は17時31分)。しかし、春一番の頃合いは気温の寒暖差が大きく、身体にはけっこう負担がかかる時期でもあります。花粉症の方にとっては憂鬱な日々が続くでしょう。

 

今朝の校門にも冷たい北風が吹き抜けていきましたが、それでも街路樹などに目をやれば、春の芽吹きへの準備が少しずつ進んでいる気配を感じるようになっています。二十四節季の一つである“啓蟄”とは、冬籠もりしていた虫が大地の暖まりとともに地上に這い出てくる季節という意味で、今年は3月5日となります。もうすぐ春です。

 

谷川俊太郎さんの「春に」という詩は、中学国語の教科書にも載っていますからみなさんもご存じでしょう。

この気もちはなんだろう

目に見えないエネルギーの流れが

大地からあしのうらを伝わって

ぼくの腹へ胸へそうしてのどへ

声にならないさけびとなってこみあげる

この気もちはなんだろう…(以下略)

 

春は生命の誕生、芽生え、目覚めの季節ですが、新しい世界へ飛び出すことへの不安な気持ちも一緒にもたらすものです。谷川さんのこの詩を読んでいると、自分の気持ちを自分自身でうまくコントロールできずに、もがき苦しむ思春期の情緒不安定さを表現しているように感じられます。それゆえ、中学の国語教材にもよく採用されるのではないでしょうか。

 

さて、この詩は木下牧子さん作曲の混声合唱曲になっていて、これも音楽の教科書定番の作品。多くの中高生にとっては合唱祭や卒業式などでおなじみの曲です。一度聴いたら忘れられない、何ともいえない素敵な曲ですね。

 

この曲には思い出があります。

 

ちょっと前のことですが、高校合唱祭でお世辞にも優秀とは言えないあるクラスがこの曲を採り上げたのです。ふだんは必ずしもみんな仲が良いわけではないのに、この時ばかりは金賞を獲るべく全員一丸となって猛練習を続けていました。本番での一生懸命な彼らを見ていたら、思わず胸がいっぱいになって涙がこぼれてしまったのです。この曲を聴くたびに、どうしてもその時のことが目に浮かんでしまいます。(この原稿を書いている今も思い出して、少し感傷的になっていることを白状しましょう…)

 

彼らも、今や社会人として毎日を忙しく過ごしていることと思います。元気でやっているのかな?

 

二人のセールスマンのはなし

 

今回も為末さんの講演会からの話題です。

 

講演後に「どうしたら自分の思い込みに気づけるか?」という中学生の質問がありました。これに対して為末さんはちょっとした小咄を枕に回答されました。

 

二人の靴のセールスマンがある島に靴を売りにやってきた。ところがこの島は靴を履く習慣がない裸足の国だった。二人はそれぞれ本社の上司に報告の連絡を入れた。 一人は「大変です。この島では靴を履く習慣がありません。だから我が社の靴が売れる見込みは全くありません」と報告した。もう一人は「大変です。この島では誰も靴を履いていません。だから我が社の靴が飛ぶように売れる可能性があります。すぐに大量の靴を送って下さい」と報告した。

 

為末さんは「同じことを見ていても全く違う結論がでる」こともある。自分の思い込みを取り除くためには、日頃からいろいろな人と話をして、自分とは異なる考えや意見の存在を知っておくと良いと答えられていました。

 

ところで、小咄のオチとしては、新規市場に果敢にチャレンジしようという後者のセールスマンの出した判断が正しいように思えます。売れないと判断した前者のセールスマンは、自分の思い込みに囚われて別の可能性の芽を自ら摘んでしまったわけで、為末さんの言う「思い込み」の罠にはまってしまった典型例とも言えます。

 

しかし、例えば裸足の島の人口は100人だが、隣の島には底のすり減ったボロ靴を履いた1000人の住民がいるとしたらどうでしょうか。裸足の島で苦労して100足の靴を売るより、隣の島でほんの少しだけ値引きして100足以上の靴を売ったほうが、より早く、より多くの利益をあげることができる。そんな判断も十分にあり得るでしょう。

 

物事を判断するときには目の前の事物ばかりではなく、一歩下がってより広い視野で全体を見ることが大切だ、という教訓も導き出すことが可能な小咄ですね。

為末大さんの講演

 

中学入試の合間の昨日(3日)、恒例の文化講演会をオリンパスホール八王子で開催しました。

 

今年は元陸上競技選手(男子400メートルハードルの日本記録保持者)で、現在はさまざまな分野で活躍中の為末大さんに「ハードルを越える」というタイトルでお話しいただきました。

 

ご自身の競技人生での経験(シドニーオリンピック決勝での転倒)、エピソードや寓話(「1マイル4分の壁」・「2匹のカエル」・「二人の靴のセールスマン」)をまじえたお話はとても説得力があり、その話術にいつの間にか引き込まれた60分間でした。生徒諸君がお話をしっかり聴いていたことは、講演後の活発な質問からもうかがえました。為末さんも本質をついた鋭い質問の数々にたいへん感心されておられました。

その中で、高校2年生から出た質問とそれに対する為末さんの回答をご紹介しておきます。

 

講演の中で為末さんは、「人生において失敗の事実そのものは変えられないけれど、失敗から学ぶことで失敗の意味そのものを変えることができる。大切なのは失敗を恐れずに挑戦し続けることだ」と話されていました。それを受けて生徒から「いろいろな人に挑戦しろと言われるけれど、無謀な挑戦でもしたほうが良いのか?」といった質問が出されたのです。

 

これに対して為末さんは、「本音を言えば、挑戦したい人はすればいいし、したくない人はしなくてもいいと思う。でも、例えばオリンピックをめざすといった壮大な夢に挑戦するのとは異なる次元での挑戦、例えばクラスのみんなに元気がないから、元気を出してもらうためにどうしたら良いかと考えて行動することだって立派な挑戦だと思う。主体的に考えて自分から周りに働きかけようという気持ちは、すべての人が持っていなくてはならないと思う。」と答えられていました。

 

講演の要点をついた的確な質問と、これ以上はないと思わせる素敵な回答だと思いました。

 

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インフルエンザ流行中

 

今月に入りインフルエンザによる欠席が増えています。東京都にはインフルエンザ流行注意報が発令されています。本校でも1月17日以来、本日までに6クラスが学級閉鎖(継続中は3クラス)となっています。

 

インフルエンザを予防するため、以下の点に気をつけて過ごすようにしましょう。

1.うがい、手洗いを励行する

2.睡眠を十分にとって休養に努める

3.暖房、加湿に気を配るとともに、適宜換気を行うよう心がける

4.とくに人が多く集まる場所(学校、教室もそうですね)では咳エチケットを励行する

5.発熱などの症状が出たら、早めに医療機関を受診する

 

先日、学校薬剤師の先生がお見えになったので、インフルエンザが流行っていますとお話したら、1時間に一度5分間、教室の窓を開けて換気するだけでも感染力が低下するとおっしゃっていました。

 

保護者のみなさまにお願いです。毎朝、お子様を登校させる前に健康観察していただき、発熱等の症状が確認された場合は登校を見合わせ、医療機関を受診するようにして下さい。インフルエンザなどの学校感染症と診断された時には、学校保健安全法により登校を控えていただきます(公欠扱いとなります)。出席停止期間は、医師に診断された日から医師の許可が出るまでです。
(詳しくはホームページ「学校感染症による出席停止について(インフルエンザ等証明書)」をご覧下さい)

 

もうすぐ2月、本格的な受験シーズンが始まります。受験勉強中の高校3年生、そして本校をめざして頑張っておられる小学6年生、中学3年生のみなさんには、どうか体調管理に十分気をつけて下さい。

 

入試当日に最高のパフォーマンスが発揮できるよう祈っています。

予兆を見つける

 

川村元気さんといえば、映画プロデューサーとして数々のヒット作(『告白』『悪人』『君の名は』)を生み出し、また小説家(『世界から猫が消えたなら』『四月になれば彼女は』)でもある、今最も注目されているクリエーターの一人です。

 

川村さんがどうやって次々にヒット作を生み出すことができるのか、その秘訣をある雑誌の中で披瀝されているのが目にとまりました(「スタイルアサヒ」2016年12月号 朝日新聞社)。

 

川村さんは映画を企画したり小説を執筆したりするには、今の世の中の「気分」をつかむこと、さらに「近未来を読む」ことが欠かせないと言います。そのために日頃活用しているのが新聞です。新聞を読むときは、時代の一歩先をイメージできるような、予兆的な記事を見つけることを心がけているそうです。

 

川村さんに言わせると、紙面の片隅にあるような「小さな記事」こそ今後もしかしたら大ニュースに化けるかもしれない予兆の集合体であり、そうした記事を読みながら未来を想像することが新聞購読の楽しみだそうです。もう一つは広告です。広告の全体的な傾向を見ていると、これから先何がトレンドになるのか、その予兆を見つけることができると言います。

 

そこまで読んで、ヒッチコック監督の『裏窓』(1954年制作)のあるシーンを思い出しました。怪我をして寝たきりになっている主人公の元に通いでやってくる看護師が主人公の世話をしながら、「私は昔、GM(ゼネラル・モーターズ アメリカ最大の自動車会社)の社長のところにも通っていたことがある。腎臓病の診断だったけれど実際は神経をやられているとわかったわ。GMの社長が何をそんなに悩んでいるのか。これはきっと会社の経営がうまくいっていないからに違いない。そうしたら案の定、株価が暴落して大恐慌が始まったの…。」映画の本筋とは全く関係ないのですが、なぜか印象に残っていた場面です。

 

予兆をつかむために大切なのは、川村さんやこの看護師のように、小さな変化を見逃さない感覚を磨くことだなと思います。その感覚を研ぎ澄ますためのツールとして、73号にも書いた新聞の持つ一覧性という強みが有効なのでしょう。

 

さらに、川村さんは予兆を見つけるには新聞をざっと見渡すだけではなく、記事の中に「疑問」を感じたら止まることが大切だと言います。多くの人が疑問に感じながらも受け流している事実には、予兆が隠されていることが多いからです。このことも先を見通す力を養う上での大切なヒントです。

 

あけましておめでとうございます

 

本日は三学期の始業式。生徒のみなさんと新年の挨拶を交わすことができました。

 

今年は酉年。“酉”は鶏を表す字ではなく、諸橋轍次の『大漢和辞典』によると、本来はお酒を盛る器の象形で、酒は秋の8月に黍が成熟してから醸造するので、成る・老いるなどの意味をおび、十二支の第十番目として動物では鶏(とり)にあてたそうです。

 

諸橋轍次の『十二支物語』という本には、中国の古典である『荘子』や『列子』に出てくる「木鶏」という故事が紹介されています。

 

周の宣王(前9世紀末~前8世紀前半にいたとされる西周第11代の天子)はたいへん闘鶏を好み、紀渻子(きしょうし)という者に闘鶏の訓練をさせた。早く闘鶏を見たい宣王は10日たつと紀渻子にもう闘わせてよいかと聞く。紀渻子はまだまだと答える。なぜかと問うと、この鶏はどこか驕り高ぶり気を恃むところがあるからだという。また10日たち、もうよいかと聞くが、まだ相手を疾(にく)んで気を盛んにする様子が見られるからだめだという。さらに10日たって聞くと、ようやく紀渻子は承諾し、なぜなら相手の鶏が声を立てて騒ごうが少しも動ずるところがないからと答えた。果たしてその鶏を見ると、まるで木で作った鶏のように何の表情も何の感動もないものになっていたという。とかくこの世は争いごとが絶えないが、こちらに争心があるから敵も出てくる。しかし、こちらに争心がなければ、あえて戦いを挑んでくる敵も自然となくなる、というのがこの「木鶏」の教えです。

 

さて、2017年は年初から何やら波乱含みの様相を呈していますが、「木鶏」の故事にならって争心を取り除き、穏やかな1年であって欲しいと願うばかりです…。

 

 

参考文献

諸橋轍次著『大漢和辞典』第11巻(大修館書店刊)

諸橋轍次著『十二支物語』(大修館書店刊)