「校長ブログ」 No.191(2020年10月1日)

2020.10.01

『我等の生涯の最良の年』
 
前回『半沢直樹』のことを採り上げたときに、ふと思い出した古いアメリカ映画をご紹介します。
 
巨匠ウイリアム・ワイラー監督の『我等の生涯の最良の年(The Best Years of Our Lives)』(1946年作品)です。作品賞はじめ7部門でアカデミー賞を獲得したアメリカ映画の古典です。ワイラー監督の名前を知っている人はほとんどいないと思いますが、『ローマの休日』を作った人だと言えば、おわかりいただけるかもしれません。
 
この映画は、第2次世界大戦が終わって故郷に引き揚げてきた復員兵が、いかに日常を取り戻していくかというセンシブルな問題を扱った社会派ドラマです。シリアスなテーマでありながら、家族愛や恋愛ドラマとしても十分に見応えのある作品です。
 
復員後、たまたま同じ飛行機でブーンシティ(オハイオ州シンシナティがモデルと思われる架空の街)に帰還した三人の元兵士、アル・スティーブンソン、フレッド・デリー、ホーマー・バリッシュが主人公です。三人の中では陸軍航空隊の爆撃手として数々の勲章を受けたフレッドが軍人としては将校で一番階級が上ですが、ブーンシティではしがないドラッグストアの店員です。一方、陸軍の下士官だったアルは、復員後は銀行の上級社員として復職し社会的経済的な地位は一番高い。そして海軍の元水兵のホーマー(高校時代はフットボールの花形選手)は、典型的な中産階級の家庭出身ですが、彼はいわゆる傷痍軍人で、両手とも鉄製の義手をつけています。
 
3人とも戦争という非日常から復帰して普通の生活に戻ろうとするのですが、それがなかなかうまくゆかない。自分にふさわしい仕事が見つからず夫婦関係も冷え切ってしまっている。長い不在の間にも家族にはそれぞれの生活があり、その変化に戸惑ってつい酒量が上がってしまう。自分一人では何もできない身体になってしまったことへのコンプレックスから、優しく迎え入れてくれる家族やフィアンセの気持ちを素直に受け入れられない。三人三様の屈託を抱えて悩みつつも、新たな人生の局面に向かって行動を起こす、彼らの生き様を描いた重厚なドラマです。
 
『半沢直樹』とのつながりでいえば、復員兵相手の小口融資担当となったアルのエピソードが思い出されます。ある日、銀行に復員兵が融資の申込みにやって来ました。聞けば手頃な土地を買って農場経営がしたいと言います。しかし融資のための担保がありません。戦場で苦労した復員兵同士として何とか手を貸したいと考えたアルは、担保無しでの融資を認めます。あとで頭取からたしなめられるのですが、アルは「この国の未来への投資だ」と答えるのです。
 
アルは平時と何ら変わらぬ銃後のアメリカがあったのは、この農夫やフレッドやホーマーや、もちろんこの映画には登場しない戦場で命を散らした名もなき兵士たちも含めて、自分たちが命をかけて敵と戦っていたからではないか。それなのに、復員兵に対して社会はあまりに冷たい。それでいいのか?戦後のアメリカ社会に対する、アルなりの異議申し立てなのです。これが映画の大きなテーマと言っていいでしょう。
 
復員兵の社会復帰の困難さを、敗戦国ではない戦勝国のアメリカが戦後すぐに作って世に問うた、ワイラー監督の代表作の一つであり、アメリカという国の懐の深さ、度量の大きさ、民主主義の理念を示す傑作です。
 
70年以上前の映画でありながら、古くささを少しも感じさせないのは、作品のテーマが普遍的だからです。時代を超えて残る古典とはそういうものなのでしょう。