「校長ブログ」 No.188(2020年8月5日)

2020.08.05

コロナ禍の1学期を終えるにあたって

緊急事態宣言解除後も収束する気配を見せない新型コロナウイルス感染症。7月に入ると東京を中心に、1日あたりの新規感染者数は200名、300名を超えることが常態化しつつあります。学校としては生徒や教職員の感染防止を考えて、予定より3日繰り上げて8月4日を1学期終業日としました。

生徒の皆さんを集めての終業式はできないので、校内放送を通じて次のようなメッセージを伝えました。

14世紀半ばのペスト大流行と同様に、未来の歴史教科書は西暦2020年のことを、未知の感染症によって世界全体が、政治も経済も社会も文化も、あらゆる面で大きな災厄に見舞われた激動の時代の始まりであった、と記すかもしれません。今回のパンデミックは、それだけの大きなインパクトを現代社会に与えているように思います。私たちはそういう歴史的な大事件の当事者の一員なのです。

これから先、この感染症がどう収束するのか、あるいはしないのか、いつまで不自由な生活を続けなければならないのか全く予想がつかない中で、誰もが不安に駆られながら毎日を過ごしています。人間は先が見えない状況に強い恐怖心を持つものです。人によっては「何とかなるさ」と楽観的に考えるかもしれません。でも、それも裏を返せば、漠然とした不安を隠す自己防衛的な態度と言えなくもありません。

もちろん、21世紀の科学技術力をもってすれば、意外に早く特効薬やワクチンが開発される可能性もありえます。しかし、できたとしても限定的であり、実際には不安定な状況がある程度の長さで続くと覚悟しておいた方がいい、そう私は考えています。

大切なことは、歴史的な出来事に日々遭遇し体験していることを、一人一人が自覚して、しっかりと向き合うことだと思います。向き合うとはどういうことか。それは、今回の新型感染症の発生以降、世界や日本や私たちの身の回りで、いったい何が起こったのか、私たちの生活にどんな変化があり、私たちがそれをどう思い、どう感じ、どう行動したのかを、一人一人の経験でいいから記録しておくことだと思うのです。

人間はうれしかったり楽しかったりしたことはいつまでも覚えているが、辛かったり苦しかったりしたことは無意識のうちに忘れるようにできています。困難は人間を成長させ強くさせてくれますが、その困難だったことを記憶しておかなければ、いつしかその経験は風化してしまいます。

生徒の皆さんには長期にわたる休校中に、自宅でどんな日々を過ごしていたのか、何を思い、どんなことを考えていたのかを文章化して記録してみてください。それは、困難な状況下で、自分がどう行動したかを振り返るための大切な証言です。さらに後世の歴史家にとっては、ごく普通の中学生や高校生が「自宅へ流刑」(カミュ)という不条理な時代状況において、何を考えていたかを知る貴重な史料となるはずです。

例年より短い夏休みですが、感染防止に最大限の注意を払って、気を引き締めて毎日を過ごしてください。