「校長ブログ」 No.187(2020年7月20日)

2020.07.20

『あとを継ぐひと 』

緊急事態宣言で人出が消えた銀座。4月20日に一軒の老舗弁当店が静かにのれんを下ろしました。歌舞伎座真正面に位置し、観劇には欠かせない幕の内弁当を売る「木挽町辨松」です。甘辛く濃い味付けの江戸伝統の味を守り続けた辨松の弁当は、芝居見物に欠かすことのできない定番でした。

辨松の懐石弁当(赤飯)です お芋の煮しめがたまらない!

辨松さんが廃業を決断するに至ったのは、新型コロナの感染拡大が追い打ちになったのは間違いありませんが、食生活の変化にともなう売り上げ減や設備の老朽化に加えて、やはり後継者難が背景にあったようです。地方都市に広がるシャッター商店街に象徴されるように、今のご時世、個人営業のお店は経営的にはなかなか厳しい。お店を継いでも食べていけないので誰も継ぐ人がいない。創業150年の老舗でさえ事情は同じなのかもしれません。

私が子供のころは、どこの商店街も魚屋、八百屋、肉屋、酒屋、みんな個人商店ばかりでした。実家近くで今も残っているそうしたお店は、たった一軒(肉屋)だけです(あとはコンビニがあるだけで、もはや商店街とは呼べません)。家業を継ぐのが当たり前だった時代ではないのです。

家業という言葉が死後化した現代で、家業を継ごうという人たちを描いた短編集を読みました。おもしろかった!

  • 地方の寂れた商店街にある客の入らない理容店の父と子の物語(「後継ぎのいない理容店」)
  • 下町に四代続く麩菓子製造会社の女社長(30)の結婚にまつわる物語(「女社長の結婚」)
  • 知的障碍者を多く雇用する製造会社に中途入社した男性社員と障がいを持つ女性社員との物語(「わが社のマニュアル」)
  • 老夫婦が営む酪農農家に東京に住む就活がうまくいかない大学四年の孫がやってきて…(「親子三代」)
  • LGBTの息子が若女将をめざす広島鞆の浦の老舗旅館の物語(「若女将になりたい!」)
  • 札幌に住むごく普通のサラリーマン家庭の父と娘(「サラリーマンの父と娘」)

以上6つの物語、どれもそれぞれの家業、仕事については綿密な取材に基づいているらしく(例えば「わが社のマニュアル」は、何年か前の卒業式の式辞で紹介したチョーク製造会社の日本理化学工業がモデルになっているとすぐに分かりました!)、その仕事ぶりがとてもリアルで、ある種の「お仕事小説」と言えなくもないのですが、肝心なのは、家業を継ぐことはたんに仕事を継ぐのではなく、仕事を通じて人としての生き方や矜持や連綿と続く家族の心意気を継ぐことなのだということです。

さて、江戸料理伝統の辨松さんの味は、誰が継いでくれるのでしょうか…。

田中兆子著『あとを継ぐひと』(光文社 2020年4月刊)