「校長ブログ」 No.172(2019年11月19日)

2019.11.19

和田誠さん

いささか旧聞に属する話題ですが、10月7日にイラストレーターの和田誠さんが83歳で亡くなられました。和田さんの名前に聞き覚えがなくても、その作品は誰もが一度は目にしたことがあるはずです。その画業は、ポスター、広告、商品パッケージ意匠、ロゴマーク、絵本、装幀、アニメ等々、さまざまな分野に及びます。(40年以上も「週刊文春」の表紙を担当されていたと言えば、おわかりになるお父さんも多いはず…)

和田さんの絵の特徴をひとことで言えば、「都会的なセンスの良さ」だと私は思います。シンプルで柔らかく一筆書きのように描かれたイラストは、あまり技巧的な感じはしませんが、卓越したデッサン力と本質を捉える観察眼に裏打ちされているからこそ達成できる省略の美、知的でウイットに富んだセンスは素人目にも明らかです。とくに人物の特徴をズバッと切り取った似顔絵は、余人をもって代えがたい神品です。洒落ているだけではなく対象への悪意を感じさせない点も、和田さんの似顔絵の特質です。

和田さんは無類の映画好きでした。映画好きが昂じて自ら監督として「麻雀放浪記」や「怪盗ルビイ」などの映画も撮っているくらいです。シネフィルとしての和田さんの代表作が、映画の中の名セリフをイラストとともに紹介した『お楽しみはこれからだ』(文藝春秋刊)シリーズでしょう。私にとっては観たことのない古い名画のことを教えてくれる教科書みたいな本でした。この本でとりあげられている映画を観るために、「ぴあ」(昔あった情報誌)片手に各地の名画座(今や死語となってしまった)を巡ったものでした。

和田さんのすごいところは、そうした古い映画の中の名セリフをほとんど記憶だけを頼りに紹介している点です。現在と違って映像を一時停止できるビデオやDVDはありません。映画を観るには映画館で観るしかなかった時代です。入場料を払って入った劇場で、全神経を研ぎ澄ましてスクリーンを見つめていた世代なのです。映画を観ることの真剣さにおいて、現代人は和田さん世代とは到底太刀打ちできないと思います。

和田さんが亡くなったと聞いて、久しぶりに『お楽しみはこれからだ』を読みたくなり自宅の書庫を探してみたのですが、どうしても見つかりません、処分してしまったとしたら一生の不覚です。仕方がないから古本屋を探し回りましょうか…。