「校長ブログ」 No.167(2019年9月9日)

2019.09.09

語学を学ぶ意味
 
 7月から約5か月間の予定で、本校の英語科教員1名がアメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校で、英語力向上と英語教授法を学ぶため長期研修中です。先日、その先生からメールが届き、現地での勉強や生活の様子について報告してくれました。サンディエゴに到着して1ヶ月、ようやく現地での生活にも慣れてきたそうです。
 
 大学での授業は、内容も受講生もレベルが非常に高く、英語が流暢に話せることは前提で、日本語でも理解するのが難しい内容のスピーチやディベートをしなければならず、宿題も多くて日々勉強に追われているそうです。
 
 その中で、先生が痛感していることは、英語は単なる会話の手段であり、いくら英語を話せても、政治、経済、歴史、世界情勢、日本のこと、様々なことを知らないと、意見を述べられないことだそうです。また、友人との会話の中でも、映画や文学、音楽、スポーツなど知っていることが多ければ多いほど、より会話も広がることにあらためて気づかれたそうです。アメリカで生活してみて、いかに自分が知らないことが多く、日本では自分の興味のある話題しかしてこなかったということにも気づかされ、もっと世の中のことも日本のことも勉強しなければならないと感じているそうです。
 
 学校に戻ったら、英語を教えるだけではなく、生徒たちには新聞や本を読み幅広く物事を知り、その中で自分の考えを持つようになることが大切なのだということをしっかり伝えたい、とありました。
 
 ところで、向こうの授業では毎回最初に、受講生が交代で10分程度のプレゼンテーションをすることになっているそうです。先生は日本から持って行った友禅折り紙を使って、鶴をみんなに折ってもらうプレゼンを考えているとのこと。さて、うまくいったでしょうか?その報告が楽しみです。