「校長ブログ」 No.158(2019年4月27日)

2019.04.27

さくら横ちょう

いよいよ、明日から9連休(世間的には今日から10連休ですね)、5月1日は新しい天皇陛下が即位されて「令和」時代が始まりです。新しい時代が爽やかな五月晴れのような時代になるといいですね。

さて、毎年この時期には春に因んだ歌曲を紹介しています。ずっとモーツァルトやシューベルトなどドイツ歌曲をご紹介してきましたが、今回は趣向を変えて、日本の歌曲です。

加藤周一「さくら横ちょう」(1948年)

春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう
想出す 恋の昨日
君はもうこゝにいないと

あゝ いつも 花の女王
ほゝえんだ夢のふるさと
春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう

(後略)

(『加藤周一著作集』13「小説・詩歌」より 平凡社1979年刊)

作者の加藤周一(1919~2008)は、戦後の日本を代表する知識人の一人です。医師であるとともに文学にも傾注し、フランスに留学してヨーロッパの文化や思想全般への理解を深めました。帰国後は日本文化の研究にも従事して、文字通り東西文化に精通したゼネラルな知識人でした。また新聞紙上などを通じて、政治や社会問題について積極的に発言していたことも記憶に残ります。

1948年に刊行された『マチネ・ポエティク詩集』に収められた加藤の押韻定型詩が、この「さくら横ちょう」です。「さくら横ちょう」とは、加藤が実際に住んでいた渋谷区金王町にある路地の通称です。通り沿いには彼が通っていた渋谷区立常磐松小学校があり、当時は道の両側に桜が植えられていたそうです。現在、桜はなくなってしまいましたが、その代わりに「さくら横ちょう」を刻んだ歌碑が立っています。

加藤の自伝である『羊の歌』という作品に、この詩にまつわると思われる一節があります。

「桜横町の住宅の一軒には、同じ小学校に通う娘が住んでいた。彼女は大柄で、華やかで、私には限りなく美しいと思われたが、私は彼女と一度も言葉を交わしたことがなかった。女王のようにいつも崇拝者たちを身の回りに集めているその娘を、私は遠くから眺めながら、もし彼女と二人きりになることができたら、どんなによいだろうか、と空想していた。」

(『加藤周一著作集』14「羊の歌」より 平凡社1979年刊)

戦争中、桜横町を想い出して作ったのが、この「さくら横ちょう」です。

さて、この詩に曲をつけたのが、作曲家の中田喜直と別宮貞夫です。同じ詩なのに、二人の作った曲はその印象がまったく異なります。

中田の「さくら横ちょう」は、叙情的で甘美な美しさに満ちた、過ぎ去った恋の思い出を切なく歌った曲です。映像的には、春の宵、やわらかな月光に照らされた桜の花が、しずしずと散りゆくような儚い情景が浮かんでくるようです。
 
一方の別宮の「さくら横ちょう」は、叙情的な美しさというより、夢幻的で無常な、透徹した緊張感につつまれた美しさです。映像的には、春なのに雪がちらつく厳しい寒さの中、満開の桜がただ一本、暗闇の中にすっくと立っているかのような、そんな情景が浮かんできます。

言うまでもなく、どちらも名曲です。どちらが良いかは好みの問題です。ぜひ聴き比べてみてください。

日本を代表するソプラノ歌手の森麻季さんがこの曲をレパートリーとしています。声の美しさに加え、詩の意味を考え抜いた表現力に魅了されること請け合いです。

では滅多にない9連休、心安らかにお過ごしください。