「校長ブログ」 №124(2018年4月16日)

2018.04.16

『漱石を知っていますか』

作家の阿刀田高さんの著作の中には“知っていますか”シリーズ(私の勝手な命名です)があります。誰もが知っているがきちんと読んでいる人は案外少ない古典(聖書、ギリシア神話、コーラン、イソップ、源氏物語…等々)を大変わかりやすく紹介した本です。原典そのものを読んだ気にさせてしまう危うさもありますが、初学者にとっては格好の入門書になっています。

その最新作が『漱石を知っていますか』です。国民的作家(そう呼ぶことに阿刀田さんは異議を唱えていますが…)である夏目漱石の代表的な13作品を俎上に載せて、小説としての出来映えを阿刀田さん自身が採点しています。これがけっこう辛口で私自身頷ける部分も疑問に思う部分もあって、とても面白かったです。

阿刀田さんは、漱石のことを小説の書き手としては必ずしも上手くはないとみています。小説家として世に知られるきっかけは『吾輩は猫である』ですが、知的な会話と世相への洞察力には優れているが、小説本来の面白味であるストーリー性には難があり(そもそもストーリーがない)、如何せん長過ぎて読み通すのは(とくに現代人には)少々辛いとして、その評価(※)は30点満点中19点と低くなっています。

『猫』の弱点をふまえたかのように、次の『坊っちゃん』は徹底してストーリーの面白さに重点をおいて書かれていますが、勧善懲悪という通俗パターン以上のものではなく、他の作品と比べると思想的芸術的深みに欠け、評価としてはこちらも19点です。

こんな感じで13作品のストーリーを手練の技で要約しながら、小説としての特徴を次々に解剖してみせ、一刀両断のもと評価を下していくところがなかなか爽快です。13作品中、阿刀田さんの評価が最も高いのが『それから』と『こころ』の両作品で、ともに28点をマーク。『それから』の主人公代助が道徳や良識といった“社会”に逆らっても「真実の愛を貫きたい」とする、人間の“自然”を描いたことこそ、文学の存在価値であるとして高い評価を与えています。

阿刀田さんが漱石を国民的作家と呼ぶことに違和感を持つ理由は、作品に「女性軽視」の傾向があるからです。書かれた時代性からすると、それはやむを得ないのではないかと思うのですが、現代の価値観に照らしても評価する必要があると考えられているようです。

その一方で、小説技法としては必ずしも巧みではなかったが、漱石がいなかったら、日本の新しい文学はずいぶんと進展を遅らせたのではないかとも述べていて、小説にふさわしい日本語の良い例を示し「後代に著しい宝物を残した文豪」として、その功績を高く評価しています。

高校生は、国語の授業で『夢十夜』や『こころ』を学ぶはずです。教材としてだけでなく、日本の小説芸術の土台を作るべく奮闘した文豪の作品をぜひ読んでもらいたい。その時、例えば『それから』を読む前に、この本の『それから』の章を読んでから読んだり、逆に読んでから読んだりすると、『それから』をより楽しむことができるでしょう。

阿刀田高『漱石を知っていますか』(新潮社2017年12月刊)

※ 阿刀田さん自身が、①ストーリーのよしあし、②思想の深さ、③知識の豊かさ、④文章のよしあし、⑤現実性の有無、⑥読む人の好み、以上6項目を5段階で評価しています。