「校長ブログ」 No.101(2017年8月29日)

2017.08.29

若林正恭『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』 

もうすぐ夏休みも終わりますね。家族や友達と旅行に出かけたという人も多いのではないでしょうか。

旅の醍醐味は非日常的な時間と空間を体験することです。その間だけふだんとは異なる自分に会えるような気がします。旅先で見つけたり出会ったりしたもの、こと、ひと、などに触発されて、今まで思いもしなかった新しい考えや感覚、感情が湧き上がるような経験はありませんか。旅先という非日常は人を深く内省させ、何らかの“気づき”を与えてくれるのだと思います。

お笑いコンビ「オードリー」の若林正恭さんが35日のキューバ一人旅を、一冊の旅行記にまとめてくれました。

革命以来、隣国アメリカと対立し資本主義社会とは一線を画してきた社会主義国家キューバも、2年前の対米国交回復によって、今後は急速にグローバルな文化や商品、価値観が流入することになるかもしれません。そうなる前に、若林さんはかねて念願だったキューバ旅行を思い立って実行します。若林さんには新自由主義的な競争社会、格差社会のあり方に強い違和感があって、だからそういうシステムとは違ったシステムで動いているキューバを見てみたいという思いがあったのです。正味3日間の旅行ですが、若林さんはハバナの観光名所のみならず、市民行きつけの市場や配給所、国営バーに足を運び、外国人ツーリストが行かないようなビーチでカリブ海につかる。キューバ人の大好きな娯楽である闘鶏を見学し、一般人の家庭に招かれて家庭料理を楽しむ。そんな非日常的な時空で感じたこと考えたことを素直でストレートな言葉で綴っています。

革命博物館で見たカストロやゲバラら若き革命のリーダーたちの展示を見て、若林さんは彼らが命を「使っている」目をしていることに気づきます。長寿国日本では命をできるだけ「延ばそう」とするイメージがありますが、彼らの目の輝きから、命と引き替えに何かを成し遂げようという強い意志を感じ、自分も「命を使いたい」と考える若林さん。ハバナ湾を一望できるカバーニャ要塞では、薄汚れて死んだように寝そべっている一匹の野良犬を見て、薄汚れて手厚く扱われることはないが、そのかわり犬は首輪と鎖につながれない自由を手に入れいていることに気づくのです。

若林さんにとって一番の景色は、ハバナ湾の堤防沿いにあるマレコン通りの夕日です。夕方から夜にかけて堤防にはたくさんの人々が、ただ会って話すために集まってきます。日本と違ってキューバにはまだ街全体にWi-Fiが飛んでいないから、みんな会って話す。本来、人間は誰かと会って話したい生き物なのだと気づき、そのことが若林さんのキューバ旅行の本当の目的と結びついて、読者に深い感動をもたらしてくれるのです。みなさんに是非一読をお勧めします。 

若林正恭『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(KADOKAWA 2017年刊)