「校長ブログ」 No.93(2017年6月28日)

2017.06.28

新保信長『字が汚い』  

前回以降、いろいろな原稿の依頼がたて込んでしまい、ついブログの更新が滞ってしまいました。申し訳ありません。  

ところで、前々号で『ツバキ文具店』を紹介した時、大切な人に直筆の手紙を送ってみたらと書いた私ですが、ふだんの原稿書きはもっぱらワープロのお世話になっています。だからブログをはじめとする原稿類は「書く」ものではなく、キーボードを使って「たたき出している」感じです。  

しかし、ワープロが一般に普及するまでは、文字通り原稿は「書く」もの。学生時代、卒業論文を徹夜しながらコツコツ万年筆で書いたことが懐かしく思い出されます。400字詰め原稿用紙150枚からなる大論文(中身はスカスカです…)が手元に残っていますが、我ながらよく書き上げたものだと自賛する反面、「なんて読みにくい、ひどい字か!」と慨嘆せざるを得ない悪筆に軽くめまいを催してしまいます。本来ならみなさんに「手書きで手紙を書こう!」などと言えた義理ではありません。厚顔無恥もほどほどにせよとお天道様に怒られてしまいそうな金釘流です。ですから私のような人間にとって、ワープロはまさに「地獄で仏」「干天の慈雨」「闇夜の提灯」的存在です。  

自らの悪筆に劣等感を持つ人は世に多く、そういう一人であるフリーランスの編集者兼ライターの新保信長さんが、その名もズバリ『字が汚い』という本を書かれたので、同病相憐れむ者としてさっそく購読した次第。で、これが予想以上に面白かったのです。  

筆者の新保さんは子供のころから字が汚いと言われ続け、それは重々承知しているから、できるだけ丁寧に書くよう心がけてはいるものの、どう書いても子供っぽく拙い文字は、とても分別ある五十路の大人の字には見えないということに軽く絶望してしまうそうです。うまい字じゃなくていいので、せめてもう少し“大人っぽい字”が書けるようになりたいという一心で、新保さんは美文字練習帳に取り組んだりペン字教室に通ったり、道具(筆記用具)にこだわったりと涙ぐましい努力を実践されます。その努力の跡は各章の扉部分に掲げられた「乱筆乱文にて失礼します。」と書かれた自筆の色紙に見られます。残念ながら五十年以上にわたる汚文字が、わずか1ヶ月程度の練習で美文字になれるわけがなく、そこで目先を変えて、いわゆる「ヘタウマ」系の文字も取り入れてみようとする筆者のいじらしさは大いに共感できます。  

新保さんは字の練習と並行して、作家や政治家、スポーツ選手の字を参照しつつ悪筆の事例研究を重ね、さらに字の下手な人や字の先生へのインタビューを通じて、どうしたらきれいで大人っぽく、いい感じの字が書けるのかを研究していきます。字と人柄の相関関係の検証、一時流行った丸文字の変遷や書き文字の歴史(楷書体が一般化するのは明治以降で、それ以前は行書体が基本)、さらにはアルファベットの国々に美文字は存在するのかといったルポも、また読み応えがあります。  

こうしたさまざまな取り組みの結果、新保さんは目標とした“大人っぽい字”を手に入れることはできたのか…。それは読んでのお楽しみです。  

自分の字に自信のない人にとっては、いろいろなヒントに満ちた実用本です。  

新保信長著『字が汚い』(2017年4月 文藝春秋刊)