「校長ブログ」 No.90(2017年5月26日)

2017.05.26

ある卒業生の思い

先日、昭和27(1952)年に本校を卒業された方たちのクラス会・同期会に招かれて出席してきました。みなさん、既に80歳を過ぎ、最年長の方は87歳と伺いました(私の父と同世代)。どなたも矍鑠としておられます。

この世代は日本が先の大戦に負けた当時、ちょうど十代中頃の育ち盛りにあたり、終戦後の厳しい食糧難を体験しておられます。食べたい盛りに食べる物がない、ひもじい思いをしながらも、新しい日本を自分たちが背負って立つんだという意気込みを持って、日中は働きながら夜学に通い勉強を続けたという経験を共有されています。だから、結束力が強いのでしょう。卒業以来、毎年クラス会を開催し続け、今回66回目になるそうです。すでに鬼籍に入られた方も多いそうですが、現在でもクラスの半数以上の方の住所を把握され、この日も同期の他クラスの方も含め10数名の方が出席されていました。

今回ゲストとしてお招きいただいた私のために、出席者お一人お一人から自己紹介を兼ねた近況報告をいただきました。学校卒業以来、職業人、社会人としてどのような経歴をたどって今に至っているのか、みなさん訥々と語って下さいましたが、驚くべきことは、多くの方が何らかの形で70歳近くまで働き社会と積極的に関わっておられることでした。

この日、ある方が現役の後輩たちに是非伝えたいと話して下さったことを最後に紹介します。

自分たちは生まれた時から戦争の時代だった。戦争は一部の政治家や軍部が始めたとは決めつけられない。あの時は国民全体が熱病にとりつかれたように戦争へと傾斜していった。そして、気がつけば東京は一面の焼け野原となり、すべてを失っての再スタートとなってしまった…。

「みんなが手を挙げるから…」と付和雷同して、その結果、自分に降りかかった災難は誰のせいにもできない。結局は手を挙げた自分の責任だ。惨めな思いをして欲しくないから、後輩のみなさんには、ぜひ自分の考えをしっかり持って、自分で判断できる人間になってもらいたい。

ご自身の人生を振り返った上でのアドバイスです。自分で考えて判断できるようになるためにはどうしたらよいのか。それこそ、ひとり一人がじっくり考えてみるべき課題でしょう。