「校長ブログ」 No.74(2016年12月15日)

2016.12.16

シネフィルたちのヒッチコックへのオマージュ

~映画『ヒッチコック/トリュフォー』~

映画監督のアルフレッド・ヒッチコック(1899~1980英→米)といえば、サスペンス映画の巨匠として多くの監督たちに影響を与えたことで知られています。50年代半ばから60年代前半にかけて作られた『裏窓』『めまい』『北北西に進路をとれ』『サイコ』などは、どれも映画史に残る傑作です。

公開当時のヒッチコックに対する世評は現在に比べると明らかに低く、それはアカデミー賞に何回もノミネートされていながら一度も監督賞を受賞していないことでもわかります(1940年の『レベッカ』は作品賞での受賞です)。当時の映画界ではサスペンス映画はあくまで大衆向けの娯楽作品であって、どんなに観客を動員し人気があっても、作品、監督の格は下と見られていたようです。

ところが、フランスの新進気鋭の映画監督だったフランソワ・トリュフォー(代表作『大人は判ってくれない』『突然炎のごとく』『アメリカの夜』)は、ヒッチコックを映画のすべてを知り尽くした偉大な映画作家として高く評価していました。彼はヒッチコック映画の芸術性と作家性を世の中に広く知らしめるために、ヒッチコックへの50時間に及ぶインタビューを行い、1966年には膨大な録音テープを元にヒッチコックの映像テクニックを1作ごとに詳細に解明した『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』を出版。映像の魔術師ヒッチコックの映画作りのエッセンスを学ぶ教科書として世界中の映画ファンに熱狂的に受け入れられました。

日本では1981年に翻訳が出版され、現在に至るまで重版を続けています。当時大学生だった私もさっそく購入して貪るように読んだこと、ちょうどリバイバル上映されていた彼の代表作を見るため映画館に通ったことを思い出します。

私が映画の見方を学んだこの本が映画化されると聞いて、矢も楯もたまらず映画館に向かいました。

まずはこのインタビュー集をどう映像化するのか興味津々だったのですが、残されていた貴重な録音テープとインタビュー風景の画像を使い、トリュフォーの質問に対してヒッチコックが演出テクニックや映画作りの裏話などをユーモラスに、時にシニカルに語る様子が映像化されているかのように描かれて見事です。さらにヒッチコックの語るテクニックを裏付ける撮影スチールや実際の映像シーンもはめ込んでいるので、映画の技法について詳しくない初心者にとってもわかりやすくなっています。

例えば、映画『サボタージュ』(1936年制作)における殺人場面のカット割りが、モンタージュのお手本になっていることが素人でも理解できます。『映画術』の中でヒッチコックは映画にとって“編集”が極めて重要であることを示唆していますが、この映画にもそれはあてはまるでしょう。

映画のもう一つの魅力は、10名の現代の映画監督たち(マーティン・スコセッシ デビッド・フィンチャー 黒沢清ら)による『映画術』から受けた大きな影響とヒッチコック映像について熱く語るインタビュー部分です。ヒッチコックとトリュフォーの映画魂が没後30年以上たって少しも色褪せず、現代の映画作家たちを魅了し続けていることが大変印象的でした。

ヒッチコックと彼の映画のことを語り出したらキリがありませんから、このくらいにしますが、最後に一言。映画の面白さを言葉で語るほど愚かなことはありません。ヒッチコックを観たことがない人は、とにかく何か1本見て下さい。「面白い!」と感じた人はシネフィル(cinéphile 映画通 映画狂といった意味のフランス語)になる素地があると思います…。


本:山田宏一・蓮實重彦訳『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー』(晶文社刊)

映画:ケント・ジョーンズ監督作品『ヒッチコック/トリュフォー』(2015年米・仏映画)
※新宿シネマカリテ他で上映中

※ヒッチコック初心者向けにお勧めする代表作
 『北北西に進路をとれ』(1959年制作)
国際スパイの陰謀に巻き込まれた男の必死の逃避行を描いた「巻き込まれ型サスペンス」の代表作。一面のトウモロコシ畑にたった一人の主人公と遙か遠くで農薬を散布する1機の複葉機。静かな中にサスペンスが高まり次の瞬間…。あとは見て下さい!