「校長ブログ」 No.72(2016年11月28日)

2016.11.28

僕らの歌舞伎

日本の伝統芸能の多くは父子相伝で継承されるシステムで成り立ってきました。わかりやすい例は歌舞伎でしょう。“梨園”と呼ばれる歌舞伎役者の世界は血縁で結ばれた巨大なファミリーです(※)。各家では先祖から継承された持ち芸(市川團十郎家における歌舞伎十八番などの演目)や独特の演出法(型といいます)が父子間で代々継承されています。

歌舞伎役者の層は実に厚く、座頭となる看板役者、実力ある幹部俳優から、歌舞伎座を連日満員にするだけの人気を持った花形役者たち、さらに芝居を側面で支える個性的な脇役たちもいて、はじめて25日間の興行は成り立つのです。

花形たちの次の世代にあたる二十代の若手俳優たちを、古典芸能に詳しい元NHKアナウンサーの葛西聖司さんがインタビューした本が発売されました。最年長(30歳)の尾上松也さんから最年少(20歳、先月襲名したばかり!)の橋之助さんまで、今まさに旬を迎えようとしている15人の若手俳優たちが、歌舞伎の世界を継承する心意気や役者としての目標を、あくまで二十代の今の視点で語っています。

役者としてのスタートラインにたった彼らが何を考え思っているのか、そして歌舞伎で何をしたいのかを自分の言葉で語っているところがたいへん面白く、それぞれの個性が出ていて舞台上の彼らの姿とダブるような気がします。

もう一つ特筆すべきは、誰もが優れた先達(彼らの父親であり、さらにその上の世代の役者さんたち)に対して、敬意の念を持って接していることがインタビューの端々から伝わってくることです。言葉遣いなども同世代の若者と比べるとずっと大人で感心させられます。きっと小さな頃からお稽古や劇場の中で大勢の大人と接してきたから自然と身についた社会性なのでしょう。

15人の中では板東巳之助さんのインタビューがとても印象的でした。彼は役者以外の道もあるのではと悩んだ思春期に、お父さんである坂東三津五郎さんと激しくぶつかったことを語っています。(父は「役者にならない意味がわからない」と言い、子は「やらせたい意味が分からない」と反発…)そんな葛藤を乗り越え、ご本人にもなぜかわからないが、ある時を境に自然と歌舞伎に向き合うようになっていったそうです。

2015年2月、これからの歌舞伎界を背負って立つ存在であった三津五郎さんが59歳で亡くなった直後の歌舞伎座で、私は巳之助さんの芝居を見たことがあります。劇界における大切な後ろ盾を失ったばかりの彼が登場すると、大向から盛んに掛け声がかかりました。(「大和屋!」「がんばれ!」)その声を受けて舞台にすっくと立つ巳之助さんの姿は忘れられません。その後の巳之助さんの役者ぶりは一回り大きくなったような気がします。

しかし、名門の生まれたということだけでは役者は続けられません。努力して芸を磨かなければ、役にも恵まれず次第に埋もれていってしまう厳しい実力主義の世界でもあるのです。この本に登場した15人の若手たちも、これからの10年、20年が大切な時期です。そんな役者の誰かを贔屓にして、その成長を見守ることが歌舞伎を観る醍醐味です。まさに「歌舞伎は役者を観る」ものなのです。

(※)もちろん、歌舞伎俳優に弟子入りして役者になる方、国立劇場の歌舞伎俳優養成事業に入って役者になる方もたくさんいらっしゃいます。


僕らの歌舞伎

(葛西聖司著『僕らの歌舞伎』淡交社刊)