「校長ブログ」 No.71(2016年11月22日)

2016.11.22

学習塾と家族の歴史 ~森絵都さんの『みかづき』~

先日開催した塾の先生方を対象とした学校説明会で、かれこれ20年来のおつきあいになる先生(毎回ブログを読んでくださっているそうで、ありがたい限り…)とお話していたら、「ところで『みかづき』読んだ?」と言われるので、「いま読んでいる最中です。おもしろくて読み出すと止まらないですよね。」と返答。先生も読んでおられることを知って、これはブログでとりあげないと、と思った次第…。

日本の戦後教育を振り返るとき、学校教育(公教育)とともに、その枠外にあって時に鋭く対立する存在でもあった塾業界(私教育)の果たしてきた役割を無視することはできません。学校を“太陽”と見立てれば、さしずめ塾は“月”に相当するわけで、『みかづき』は昭和30年代から平成の現在に至る、ある学習塾とその創業者一家を描いた大河小説です。

昭和36年、千葉県の小学校の用務員だった大島吾郎は、放課後用務員室に子供たちを集めて勉強を見てやっているうちに評判になる。教え子の一人、蕗子の保護者であるシングルマザーの千明に見込まれ、一緒に学習塾を開こうと説得され、なかば強引に小さな塾を開くことに。私生活でも吾郎と千明は結婚し、蕗子の下に蘭と菜々美という娘もできる。

当時の学習塾はまだまだ認知度も低く、学校の教師からも白い目で見られる存在であったが、教え上手で子供思いの吾郎と教育行政から自由な塾でこそ真の教育が可能と考える情熱家の千明により、塾は次第に発展拡大を遂げていく。しかし、塾はあくまで学校の勉強の補完役と考える吾郎と、受験戦争の過熱に応じて進学塾へと転換させたい千明の路線対立がエスカレートして、ついに吾郎は塾と家族の元から去って行く…。

このあとも塾の発展と各時代の教育改革の動きを縦糸とし、千明と三人の個性豊かな娘たちのそれぞれの人生を横糸とした怒濤の物語が展開され、読む者を全く飽きさせません(総450頁を超える大冊ですが一気読み必至!)。

物語の終盤は吾郎と千明の孫にあたる一郎が主人公となり、学校でも塾でもない、子供たちの第三の居場所となるボランティア学習支援室が舞台となります。現代社会の抱える「子供の貧困」問題がテーマとなっていますが、あくまで深刻にならず、就活に失敗して何となく生きにくさを感じていた一郎の、試行錯誤しながら前に進んでいく物語がとてもさわやかです。

塾業界を通じて教育と関わってきた三世代にわたる大島家の奮闘の歴史に、教育者の端くれである私の魂も大きく揺さぶられる思いがしました。教育とは、人を育てるとは、そして教えるとは、学ぶとは…、いろいろなことを考えさせられた快作です。

ところで、タイトルの『みかづき』とは、人間にとっての学びの本質が含意されています。多くの保護者の方、そして、ぜひ先生方にも読んでいただきたい小説です。

(森絵都著『みかづき』集英社刊)

(森絵都著『みかづき』集英社刊)