「校長ブログ」 No.62 2016年9月9日

2016.09.09

『不機嫌な姫とブルックナー団』

クールな日本の大衆文化として海外からも高い評価を得ている「オタク(ヲタク)」文化。マンガ、アニメ、アイドル、ゲーム、乗り物、格闘技等々、世の中にはさまざまな「オタク」が存在しますが、音楽とくにクラシックの世界にも独特の「オタク」文化があります。

中でも19世紀オーストリアの交響曲作家であるアントン・ブルックナー(1824~1896)の音楽を愛好(偏愛)する「ブルヲタ」と呼ばれる人たちは、この世界では有名な存在です。「ブルヲタ」は圧倒的に男性に多く、ブルックナーの演奏会における観衆の男女比は、通常と異なり圧倒的に男性が多いという特徴があります。彼らが集うブルックナーの演奏会の熱量は尋常ではありません…。

さて、その「ブルヲタ」たちを主人公にした『不機嫌な姫とブルックナー団』という、ちょっと変わったエンタメ小説が出たので早速読んでみました。そう書くと、きっと私も「ブルヲタ」と思われるかもしれませんが、そうではないので、念のため…。

図書館非正規職員として働くゆたき(アラサー女子)は、コンサート会場で「ブルックナー団」と名乗るオタク3人組に声をかけられる。その一人、タケがサイトに書き継ぐ「ブルックナー伝(未完)」を読んだゆたきは、意外な面白さに引き込まれていく。
19世紀ウィーンを代表する作曲家ながら「非モテの元祖」というべき変人ブルックナーの生涯は、周囲からの無理解と迫害に満ちていた。そんな彼に自分たちの不遇を重ねる3人組とつきあううちに、ゆたきの中で諦めていた夢が甦ってきて…。
(以上、本の帯の紹介文)

小説は、ゆたきの物語の部分とタケの「ブルックナー伝(未完)」の二重構造になっています。ゆたきの目に写る「ブルヲタ」たちの不思議な生態と、彼らとゆたきのちょっと微妙な交流の物語も愉快で面白いのですが、それ以上に「ブルックナー伝(未完)」に描かれたブルックナー本人の奇人ぶりを示すエピソードや、不器用な生き方に惹かれます。

ブルックナーの交響曲はどれも長大(1曲で80分を超えるものも!)です。ハッとするほど美しい旋律があるかと思うと、無骨で巨大な音響の咆哮が独特なリズムを刻みつつこれでもかと繰り返されます。当時から熱狂的な支持者が少数いる一方で、ブラームスのような古典的・正統的な音楽を愛好する大多数の側からは、異端として全く受け入れらなかったのです。ブルックナーという人は自分の才能を認めてもらえない、理解してもらえないという表現者としてはとてつもなく辛い、屈託をかかえながらの人生だったはずです。

現在はブルックナーが演奏されるコンサートは常に満席になるような、オーケストラにとってのドル箱作曲家です。『不器用な姫とブルックナー団』はブルックナー同様に、生きることに不器用な人たちへのエールにもなっている小説です。

  高原英理著『不機嫌な姫とブルックナー団』講談社刊

(高原英理著『不機嫌な姫とブルックナー団』講談社刊)