「校長ブログ」 No.57(2016年7月7日)

2016.07.07

自分の人生は自分で決める ~映画『ブルックリン』~

近世以降のアイルランドの歴史は苦難の連続でした。とくに19世紀中頃に起こった「ジャガイモ飢饉」による大量の餓死者と北米大陸への大量移民の発生は、その後のアイルランドの政治経済に大きな影響を及ぼすことになります。現在公開中の映画『ブルックリン』は、1950年代初めにアイルランドからアメリカへ職を求めて移民した一人の女性の成長と人生の転機における決断を描いた作品です。

アイルランドの小さな町に母と姉の三人で住む20歳を過ぎたばかりのエイリシュ(シアーシャ・ローナン)は、姉の勧めもあってろくな仕事がない故郷の生活に見切りをつけ、一人アメリカへと旅立つ。ニューヨークはブルックリンの高級デパートで働き出すが、洗練された大都会の生活に全く馴染めず極度のホームシックにかかってしまう。そんな時、彼女の唯一の心の支えは故郷から届く姉からの手紙だった。(携帯電話やメールがなかった時代です)

しかし、同じような境遇にある仲間たちから大都会で生活するためのルールやマナーを学び、夜間大学へも通って自信を持てるようになると、エイリシュは見違えるような洗練された女性に成長していく。(このあたりの変化をローナンが巧みに演じています)イタリア系のトニーとも出会い、彼の優しさに次第に心惹かれ将来を共にしようと思っていた矢先に、故郷から姉の訃報が届く。

トニーをおいて帰郷したエイリシュは懐かしい家族や友だちと再会して、一度は見切りをつけたはずの故郷に居心地の良さを感じ(都会の洗練された空気を身にまとったエイリシュに田舎町の人たちも瞠目するのです)、また地元の資産家の若者ジムからも求婚される。トニーかジムか、エイリシュは悩みつつも一つの決断を下す…。

こうやってあらすじを書くと三角関係を描いた恋愛映画に見えますが、私はそう感じませんでした。これは主体性をもって自分自身の人生を切り拓いていこうとするエイリシュの意思決定の物語です。夢や希望を語り合えるトニーか、それとも安定した生活が約束されるジムか。厳しいが将来への可能性に満ちた新天地での生活か、それとも優しく穏やかではあるが変化に乏しい故郷での生活か。シアーシャ・ローナン(22歳)は揺れ動く女心を繊細かつ大胆に表現していて説得力があります。またエイリシュの成長と心の葛藤を、彼女の衣装(レモンイエローのワンピースが素敵!)の変化やちょっとした小物の使い方で表現する監督ジョン・クローリーの演出力にも確かなものを感じました。

決断を下してからのエイリシュの毅然とした表情は、自分の人生は自分で決めるという強い意志を感じさせて観る者に静かな感動を与えます。アメリカが移民によって作られた「夢と希望の国」であることを思い出させてくれる映画でもありました。

(ジョン・クローリー監督作品 新宿 角川シネマ新館 立川 シネマシティで公開中)