「校長ブログ」 No.41(2016年3月2日)

2016.03.02

映画『ロイヤル・コンセルトヘボウオーケストラがやって来る』

とても素晴らしい映画を見てきました。

ウィーン・フィル、ベルリン・フィルと並ぶ世界三大オケの一つ、オランダのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が2013年に行ったワールドツアーを追ったドキュメンタリー映画『ロイヤル・コンセルトヘボウオーケストラがやって来る』です。

音楽ドキュメンタリーというと、本番前のリハーサル風景や指揮者・団員たちの曲目についての思いや感想などのシーンがあって、さあ本番の演奏…という流れになるのが普通なのですが、この映画は違います。

カメラはオーケストラとともにオランダからアルゼンチンのブエノスアイレス、南アフリカのヨハネスブルク、そしてロシアのサンクトペテルブルクへと駆け回ります。各地でのリハーサル風景や公演前後の団員たちのツアー中のようす(スカイプを使って遠く離れた家族と連絡を取ったり、オケの仲間同士で地元のレストランでワインを飲みながらそれぞれがひいきにするプロサッカーチームを自慢しあったり…)を記録した部分も面白いのですが、それ以上にこの映画の最大の見どころは、コンセルトヘボウのコンサートにやって来たさまざまな境遇や人生を背負った聴衆に焦点をあて、人と音楽の関係を描いたドキュメンタリー部分です。

クラシック音楽を心のよりどころとしながらブエノスアイレスの街を流すタクシー運転手。いつも車の中ではクラシック音楽を聴いているのに、仲間の運転手と出会うとパッと音楽を切り替えてしまう。「クラシックなんかを聴く変わり者」と思われたくないからだと本人は言いますが、僕にもその気持ちがよくわかります…。

「一番大切なものは音楽!」と屈託のない笑顔で答えるヨハネスブルク郊外の犯罪多発地帯の中で暮らす黒人女子学生たち。厳しい人種差別と貧困にあえぎながらも、ユダヤ人の教師からバイオリンを教わり、今は子供たちにバイオリンを教えている年老いた黒人音楽教師。彼らにとって音楽は生きる力であり希望そのものなのでしょう。

スターリンとヒトラーの二つの強制収容所から奇跡の生還を遂げ、今はサンクトペテルブルクの小さなアパートで一人暮らす貴族出身の老人。映画の終末で演奏されるマーラーの交響曲第2番『復活』フィナーレを聴く老人の目から一筋の涙がこぼれ落ちるシーンは、この映画で最も美しく荘厳な場面です。

コンセルトヘボウオーケストラは、日本人も含めて20以上の国から集まった優秀な団員からなるスーパーオーケストラです。そういう意味ではグローバル時代のオーケストラに違いありませんが、昔ながらの艶やかで暖かみのある独特な音色を残しているような気がします。ヨーロッパ音楽の伝統を受け継ぎながら、音楽を愛しそれを心の支えとしている世界各地の人々に美しくも力強い音楽を送り届けるコンセルトヘボウ。音楽の持つ偉大な力を気づかせてくれる素晴らしい映画でした。ふだんクラシック音楽を聴かない人にぜひ見てもらいたいと思います。

(エディ・ホニグマン監督作品 渋谷 ユーロスペース 立川 シネマシティで公開中)