「校長ブログ」 No.40(2016年2月23日)

2016.02.23

サンク・コストにとらわれない

2年前(2014年)の東京は例年になく雪の多い冬でした。2月には2週連続で週末に記録的な大雪(東京で積雪25㎝以上は45年ぶり!)が降り、学校も2週連続で臨時休校となりました。

2回目の大雪が降り始めた2月14日(金)は、交通機関の混乱を予想して6時間目終了とともに完全下校としました。その一方で、僕にはその晩、前から楽しみにしていたコンサートに行く予定があり、それには出かける気満々でいたのです。しかし雪の降り方があまりに激しく会場に辿り着けても帰宅の足が奪われる可能性も出てきたため、それこそ断腸の思いでコンサートを諦め帰宅しました。チケット代と素晴らしい演奏で得られたであろう満足感は雪の中に捨てたようなものです。後日、雑誌で読んだその日の演奏についての評価が高かったこともあって、しばらくは我が身の不運を嘆いて落ち込んだものです…。

経済学には“サンク・コスト”(sunk cost)、日本語で「埋没費用」という概念があります。すでに使われてしまって回収不可能な費用という意味です。この場合、チケット代がそれにあたります。金額では表示できないけれどコンサートで得られたはずの満足感もそれに算入されるでしょう。そしてここが大切なところですが、経済学ではサンク・コストは考慮の対象外とするのが正しい考え方とされています。どういうことでしょうか?

チケット代をもったいないと考えるのは当然な感覚ですが、いつまでもそのことでくよくよしても、チケット代が払い戻されるわけではありません(コンサートそのものが開催中止にはなっていないのだから払い戻しの対象にはなりません)。チケット代のことはスッキリ諦めて、他のことに時間やお金を使うべきです。いつまでも尾を引いていては、それこそ時間と労力の無駄でしょう。

逆に、もしもあの晩、コンサートに出かけていたらどうなっていたかを想像してみましょう。コンサートが終わった時間には、都心部でもかなりの積雪になっており交通機関も大幅に乱れていました。電車が運休となり、タクシーで帰宅したりホテルで一泊することになったら、チケット代以上の大幅な出費になっていました。運悪くタクシーもつかまらずホテルも満室だったら、大雪の中を夜明かしする最悪のケースも十分考えられます。さらにそれが引き金になって風邪やインフルエンザにでも罹ってしまったら、医療費と病欠による労働時間のロスまで含めて考えると、コンサートに行くことを断念することで失った費用の何倍もの費用が失われていたかもしれません。

そういうふうに考えれば、あの晩無理せず帰宅した判断が正しかったと思える自分がいることに気がつきます。チケット代は無駄になったように思えるが、チケットを買ったから必ずコンサートを聴きに行けるとは限らない、急に行けなくなり転売することもできない場合もあり得る、それでも買うだけの価値があるかどうかを十分考慮してチケットは買うべきである、ということを学んだ授業料と思えばよいわけです。

ビジネスで考えれば、数十億円を投資して始めた新規事業がどうもうまくいきそうもないと判断できたら、その数十億円はサンク・コストと諦めて、すぐにその事業から撤退した方が結果的には損失を最小限にできるということです。サンク・コストは考慮の対象外にすべしという経済学的な考え方はそういう意味です。

経済学的な考え方は意思決定の場面において役に立つという一つの例でした。



参考文献:梶井 厚志『故事成語でわかる経済学のキーワード』(中公新書)