「校長ブログ」 No.36(2016年1月13日)

2016.01.13

こいつあ春から

1月3日、暖かく穏やかな日ざしの中、浅草まで芝居見物に行ってきました。
浅草の新春風物詩として「新春浅草歌舞伎」はすっかり定着しています。歌舞伎界の未来を担う若手俳優たちが中心となって、歌舞伎座の本公演ではなかなかできない人気演目の主役を演じる、若さと元気溢れる清新な公演です。いまを時めく猿之助、獅童、愛之助や勘九郎・七之助兄弟といった花形役者たちも、みな浅草の舞台を踏んでいます。

今年の出演俳優は尾上松也、板東巳之助、板東新悟、中村米吉、中村隼人、中村国生とみな30歳以下のフレッシュなメンバー。ふだんなら初芝居は歌舞伎座に行くところですが、前々から注目している隼人君(本当は歌舞伎役者の敬称「丈」と書くべきところですが、あえて「君」と書かせていただきます)が『三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)』でお嬢吉三を初めて演じるというので見物することにした次第。

『三人吉三巴白浪』は、江戸末期から明治中期にかけて活躍した歌舞伎作者、河竹黙阿弥の代表作の一つです。折から今年は黙阿弥生誕200年にあたるため、今月は浅草ばかりでなく歌舞伎座でも新橋演舞場でも彼の演目が並んでいます。中でもこの三人吉三は“超”がつく有名作品です。

黙阿弥物の特徴は何と言っても江戸の粋そのものの七五調のセリフでしょう。俳句・短歌がそうであるように、七と五の軽快なリズムは古来より日本人に大変好まれた調子です。『三人吉三巴白浪』では大川端庚申塚の場におけるお嬢吉三のセリフが有名です。


月も朧(おぼろ)に白魚の 篝(かがり)も霞む春の空
つめてえ風もほろ酔いに 心持ちよく浮か浮かと
浮かれ烏の只(ただ)一羽 塒(ねぐら)へ帰る川端で
棹(さお)の雫(しずく)か濡れ手で粟
思いがけなく手に入る百両 ほんに今夜は節分か
西の海より川の中 落ちた夜鷹(よたか)は厄(やく)落とし
豆沢山に一文の 銭と違って金包み
こいつぁ春から 縁起がいいわぇ


朗々と名調子で謡い上げるように語られると、聞いている観客もいい気分になって、大向(おおむこ)うならずとも、思わず「よろずやー!」(隼人君の屋号は萬屋)と声を掛けたくなるものです。(みなさんも声に出して読んでご覧なさい 気持ちがいいですよ!)

若手たちはセリフ回しも所作も未熟ではありますが、若々しさと一生懸命さでは菊五郎や吉右衛門、仁左衛門ら歌舞伎界の大幹部の三人吉三にひけをとりません。大いに満喫して舟和の芋羊羹を土産に、初詣客と外国人観光客でごった返す浅草をあとにしました。

2月の中学芸術鑑賞会は歌舞伎と聞いています。また毎年7月には高校3年生の希望者を対象に国立劇場歌舞伎鑑賞教室にも参加しています(今年は7月14日 先着30名限定!)。
歌舞伎は若いうちに一度は観ておくべきです。現代語ではないセリフがちょっと難しいと思うかもしれませんが、事前にあらすじが頭に入っていれば問題ありません。何より美しい舞台と衣装、そして舞踊は文句なしに楽しめると思います。

※『三人吉三巴白浪』
正式には『三人吉三廓初買(くるわのはつがい)』。同じ「吉三」の名をもつ三人の盗賊が、ふとした出会いから義兄弟となり、各々の事情や因縁に苦しみながら、最後は目的を果たして刺し違えて死んでいく。三人をめぐる因果が精巧に描かれ、幕末らしい退廃的な雰囲気もあいまって、随所に凄惨な美が感じられる。(以上 歌舞伎 on the web 歌舞伎演目案内より)

※河竹黙阿弥
退廃した幕末のムードを濃厚に反映した世話物を多数生み出した歌舞伎作者。社会の底辺で生きる小悪党や盗賊を主役とした白浪物と呼ばれるジャンルを確立した。他に『白浪五人男(弁天小僧)』、『髪結新三』、『魚屋宗五郎』、『加賀鳶』など多数。(1816年生~1893年没)

※屋号
歌舞伎俳優が舞台や花道に登場した時や演技の要所で見得(みえ)を切った時などに、客席(それも舞台から一番遠い三階席などに陣取る見巧者たち、彼らを「大向う」という)からの「○○屋!」という掛け声が役者の屋号で、家や一門ごとに屋号を持っている。例えば市川団十郎家なら「成田屋」、尾上菊五郎家なら「音羽屋」、松本幸四郎家なら「高麗屋」のように。役者の演技だけではなく観客の掛け声があって舞台が盛り上がるようになっているのが歌舞伎の面白いところです。