「校長ブログ」 No.34(2015年12月28日)

2015.12.28

自分の命は自分で守る ~宮古市田老「学ぶ防災」現地視察研修会~

2学期終業式の翌25日に、東日本大震災で甚大な津波被害を受けた岩手県宮古市の田老地区での「学ぶ防災」現地視察研修会(主催:宮古市観光文化交流協会)に参加してきました。現地ガイドの方に津波で破壊された防潮堤の上から田老の被害状況の説明を受け、またマスコミには未公開の津波映像(たろう観光ホテル6階から撮影)も見せていただきました。

田老は過去何度も10メートル以上の大津波に襲われた経験を持つ地区です。そのため津波に対する備えは万全で、街の中心部は高さ10メートルの3つの防潮堤で守られ、大津波が来ても防潮堤で時間を稼いでその間に高台地区に避難することになっていたそうです。

しかし2011年3月11日の大津波は10メートルをはるかに超える高さ(平均16メートル)で田老を襲いました。防潮堤の内側からは湾口を見ることができません。そのため地震後すぐに避難した人の中には津波はまだ来ないと判断して、別々に避難した家族のことを心配して高台から自宅や職場に戻る人もいました。田老の犠牲者の多くはこうして避難先から戻った人たちだったといいます。

「学ぶ防災」は田老の現状と災害の記録を後世への教訓として伝えることで、防災意識を高めてもらうことを目的にしています。ここに住む人が津波に対してどう考え、何を準備してきたのか、そして実際に何が起こったのかを正確に伝えることが被災した自分たちの義務と考えられているのです。

三陸地方には「つなみてんでんこ」という言い伝えがあります。「津波が来たらてんでんばらばらに逃げろ」という意味ですが、そこには「自分の命は自分で守る」という防災意識が込められているそうです。

田老には「三王岩」という高さ50メートルの男岩を中心に3つの巨岩からなる景勝地があります。3.11にはここにも津波が押し寄せました。土地の人はあの大津波でこの巨岩もひとたまりもなく崩落したのではと思ったそうです。ところが「万里の長城」にも喩えられた防潮堤は跡形もなく崩れ去っても、自然の造形した巨岩はびくともしませんでした。「人間の造ったものは壊れても、自然の造ったものは壊れない」とガイドの方がおっしゃった言葉が耳に残りました。

今年最後の校長ブログをお届けしました。来年もよろしくお願いします。
それでは、みなさん、良き年を迎えられますよう…。


第1防潮堤の上部 津波はこの上を乗り越えて街を襲った


第2防潮堤は水門を残して破壊されていた


4階部分まで浸水した「たろう観光ホテル」 平成28年3月には保存工事が終わり5、6階部分が公開される


三王岩 一番高い岩が男岩(50メートルもある)