「校長ブログ」 No.26(2015年10月14日)

2015.10.14

校長が中学校の修学旅行引率中につき、今回の校長ブログは中学教頭の古城が代打で登場です。

山を歩く

山に誘ってくれたのは中学時代の担任です。ここでは今までの常識は通用しませんでした。雨は下から吹き上げてくる、照れば肌は焼ける。水は一番貴重なもの、そしてタダではない。山行きの準備には衣食住を考えます。衣服、雨具、防寒着、水、米、調味料、シュラフ、テント、ライト。必要であろうものすべてを背負って歩きます。何が起きるのか想像力が試されます。足りないものがあると危険です。しかし経験が浅いと不要なものばかり持って行き、自分自身を追いこんでしまいます。本当に必要なものを見極める力が求められるのです。

歩きはじめは山頂が見えるときもありますが、多くの時間は視界が開けずただ単調に歩くのみです。荷物の重みも加わって体が悲鳴をあげます。黙々と刻みを小さくしながら足を前に進めます。勉強にも毎日の積み重ねを続けるだけの単調な時期があるということと重なります。歩みを止めなければ山頂に着くということを信じるのみです。

体が慣れてくると今まで気づかなかった足元の草花、岩の表情、空の青さが見えてきます。そして雲の重さ、風の鋭さ、陽の光のありがたさも感じます。学びの面白さを知るにはどれだけ時間をかけたかが問われます。五感を通して、心底感じる経験がとても大切です。山頂直下の急登は、歩いた人だけが知る過酷さです。頂に立った時何を想うかも、その人の歩んできた道のりと深く関係します。視界が開けて達成感を得るのか、まだ周りの山々が呼んでいるという挑戦心が起きるのか。

「山には生きるのに必要な経験のすべてがある」
担任からの言葉です。
その想いを受け継いで今年の夏に再度、北アルプス槍ヶ岳へ挑戦できました。標高3180m。日本で5番目に高い山。40年ぶりに訪れて記憶が新たに甦ります。

「山を歩くこと、学びの森を進むこと」
似ていると生徒諸君に話しています。
(中学校教頭 古城仁)