「校長ブログ」 No.22(2015年9月18日)

2015.09.18

上田紀行著『人間らしさ』

「人間らしく生きる」とはどういうことか、つねづね考えながら日々を送っています。先日の新聞読書欄で『人間らしさ』という本が紹介されていたので、さっそく書店で購入し読みはじめました。
著者の上田紀行さんは文化人類学者で東京工業大学教授をつとめられている方です。あるとき、上田ゼミに参加している慶應義塾大学看護医療学部の女子学生に「東工大生についてどう思うか」と質問したら、「人間のことを話しているのだけれど、人間がロボットであっても全く変わらないような言い方で語る人たち…」とみごとに言いあてられたそうです。上田さんも東工大生は頭の良い秀才タイプだが、何でも物事をシステムで語る人が多いと感じていたとのこと。

この本では、そんな身近なエピソードや遺伝子操作・生殖医療などを例に、科学技術の進歩がもたらしたデータ化・システム化された現代社会から人間らしさが失われつつあるのではないかと考え、人間らしさとは何か、人間らしい行動や生き方とはどういうことか、さらに人間らしさを回復するためにはどんな教育が必要かについて平明な日本語で述べられています。

1万年前からはじまる農耕社会は、狩猟採集時代にはなかった所有と階級の概念を生み出し、その行き着く先として合理性・効率性を重視し利己性を最大化させた現代社会をもたらしました。その一方で、人間は社会システムを維持する知恵であったはずの利他性や富の再配分機能をしだいに失うとともに、人間らしさをも失ってしまったのではないか。そのことを上田さんはスリランカの「悪魔祓い」や「おむすびころりん」・「花咲か爺さん」などの日本の昔話を通じて説明します。そして合理性では説明のつかない人との「縁」が人間の生き方に決定的な影響を与えるという経験を通じて、「根拠なき希望を持つ」ことが人間らしさの本質ではないかと考察されています。

東工大で来年度からはじまる教育改革の目玉の一つに教養教育の充実があります。そこに込められた思いは「社会に役に立つ」だけではなく、人間にとって「よりよきもの」の創造をめざす、現代のシステム社会に人間らしさを取り戻すチャレンジでもあるそうです。
「人間らしさ」の考察をふまえた東工大の教育改革に、今後も注視したいと思います。



上田紀行『人間らしさ 文明、宗教、科学から考える』
角川新書刊(800円+税)