「校長ブログ」 No.16(2015年7月29日)

2015.07.29

茨木のり子さんのこと

高校の終業式で紹介した高井有一さんの『この国の空』の主人公、里子の設定年齢は終戦時(1945年)に19歳ですが、ちょうど同い年にあたる実在の人物に、詩人の茨木のり子(1926~2006年)さんという方がいます。彼女の作品は教科書にも掲載されていますから、みなさんもきっとご存じでしょう。

茨木さんは15歳で日米開戦を、19歳で終戦をむかえました。つまり彼女の青春はまさに戦争とともにあったのです。『この国の空』の里子と同じように空襲や学徒動員を経験し、8月15日を境にして、それまで絶対的に正しいと信じてきた価値観が一挙にひっくり返るという経験をします。

教科書に掲載されている「わたしが一番きれいだったとき」という彼女の一番有名な作品の理解にはこうした時代背景を知っておくことが大切です。その上であらためて読んでみると、彼女がこの作品に託した思いを、言葉の表面的な部分ではなくずっと深いところで理解することができると思います。

茨木さんの戦争詩には、ほかに「根府川の海」という作品も知られています。彼女の郷里である愛知県と東京を結ぶ東海道線の小さな駅から見た相模の海と赤いカンナの花。本来なら光り輝いていたに違いない十代の日々を戦争によって奪われた無念、そしてその思いを二度とは味わうまいという決然としたものを静かにつづった詩です。4月、高校1年生のスタートセミナーを視察するため湯河原に向かう途中、根府川駅に到着して車窓からの相模湾を見ているうちに、ふとこの詩を思い出しました。

僕は晩年の茨木さんとお話しした経験があるのです(といっても電話でですが)。

その年の入試問題に茨木さんが中高生向きに書かれた『詩のこころを読む』を素材文に使用したので、問題の二次使用を許していただくために作者ご本人にお手紙を差し上げたのですが、なかなかお返事がいただけませんでした。するとかなり時が経ってから、直接学校にご本人からお電話がかかってきたのです。入院中だったため手紙の開封が遅れてしまったことを詫びられた上で、「どうぞお使いになって…」とおっしゃいました。その時の穏やかで温かみのあるアルト質の美しい日本語は、いまでも僕の耳に残っています。

茨木さんについてもっと知るために…

谷川俊太郎選『茨木のり子詩集』(岩波文庫)
茨木のり子著『詩のこころを読む』(岩波ジュニア新書)
後藤正治著『清冽 詩人茨木のり子の肖像』(中公文庫)