「校長ブログ」 No.11(2015年6月16日)

2015.06.16

大切な何かのために懸命に生きること

森絵都『風に舞いあがるビニールシート』(文春文庫)

今回は、№7で紹介した森絵都さんの短編小説集を紹介しましょう。
児童文学者として高い評価を得ていた森さんが一般向けの小説も書くようになり、この短編集で2006年には直木賞を受賞しました。全部で6つの短編からなる小説ですが、いずれも主人公が大切にしているもののために懸命に生きる姿をテーマとしています。

その中から、今回は「犬の散歩」というタイトルの小説を紹介します。
ボランティアなどとは無縁な生活を送っていた主婦の恵利子は、あることをきっかけに飼い主のわがままで捨てられた犬の里親を引き受ける。捨て犬保護の活動資金を得るために夜のスナックでアルバイトまでしている(どうして昼間のパートじゃないかというと、昼間は犬の散歩があるから…)。客たちからは「犬のえさ代のために働く」変わった女性と思われているが、彼女がそこまでして犬中心の生活を過ごす背景には、彼女の個人的な事情とともに「ボランティア」に対する強い思いがあってのことだった…。

この短編の初出は2005年5月です。その前年には混乱するイラク国内で日本人ジャーナリストやボランティア活動家が、武装勢力やテロ組織に拘束されたり殺害される事件が続いていた時期です。当時を思い出すと、マスコミや世論は武装組織やテロ組織を非難するより、わざわざ危険を承知でイラクに行った無謀な若者の責任を問う論調のほうが優勢だったような気がします。

物語の中で主人公もまたこうした意見を耳にするのですが、彼女はそういう声に対してとても強い羞恥の念に襲われるのです。「自分には関係ない、と目をそむければすむ誰かやなにかのために、私はこれまでなにをしたことがあるだろう?」彼女はそんな問いを自分自身に投げかけ、そして捨て犬の保護というボランティア活動に携わるようになるのです。

今もまだ中東では戦争と混乱が続いています。そしてつい数ヶ月前にも、ISILというテロ組織に殺害された日本人男性二人がいたことはみなさんも記憶に残っていることでしょう。この物語の重たいテーマは、現在の日本人にも強く訴え迫ってくるように思います。


森絵都 『風に舞いあがるビニールシート』 
文春文庫刊(560円+税)
(※図書館でも借りられます)