「校長ブログ」 No.7(2015年5月13日)

2015.05.13

子供は眠る

前回のブログで紹介した『詩人の恋』つながりで、もう一曲シューマンの楽曲とそれをモチーフに書かれた短編小説をご紹介しましょう。
シューマンといえば「トロイメライ」。曲名は知らなくても、きっとどこかでみなさんも聴いたことがあるでしょう。『子供の情景』という13曲からなるピアノ小曲集の一曲です。シューマンが恋人(のち夫人)のクララから「あなたって時々子供みたい」と言われて、その言葉にインスピレーションを得て作曲したことを、みずからクララ宛の手紙の中で告白しています。

『子供の情景』だからといって、子供が弾くための作品ではありません。シューマンの目から見た子供の世界を描いた作品です。どれも短い曲ですが、小さな子供たちが鬼ごっこしながら走り回ったり、楽しげな物語にじっと耳を傾けたり、ケンカが始まったかと思いきや、遊び疲れていつのまにか夢の世界をふわふわと漂ったり。かわいらしくも繊細な『子供の情景』をピアノで表現しています。

その第12曲「子供は眠る」をタイトルにした森絵都さんの短編小説があります。
夏休みのたびに、6人の従兄弟たちが一番年長の章君の海辺の別荘に集まって2週間の共同生活を送る。去年までは、リーダーである中3の章君に対して誰もが従順だったのに、今年は章君の言うことやることすべてが理不尽に思えて、納得がいかなくなってきた恭たち5人。一番の苦痛は、毎晩のレコード鑑賞会で強制的に聴かされる『子供の情景』。恭はいつも「子供は眠る」のあたりで熟睡してしまい、最後の「詩人のお話」まで聴いたことがなかった…。

小さいころは、たとえ学年一つ違うだけでも、年長者は大人に見えてとても逆らえなかったのに、中学生くらいになると、身長や体重でも、体力でも知力でも、年下のほうが優っていることもおこり得る。でも、それを口に出してはなかなか言い出せない微妙な力関係(物語の中では、本当は章よりずっと速く泳げるのに、遠慮して恭はわざとゆっくり泳いでしまう)。しかし、みんなとの生活も残り2日、ある些細なことがもとで、章と恭たちの微妙な力の変化が、ついに露見してしまう…。

シューマンの楽曲をまくらに、人が成長することの意味をさらりと描いた佳品です。物語の終盤に章君がとる「大人の態度」で、恭たちも読み手も温かい気持ちで別荘をあとにすることができる、そんな名作です。


森絵都著「子供は眠る」(『アーモンド入りチョコレートのワルツ』角川文庫所収)
(シューマンの『子供の情景』を聴くなら、ホロヴィッツのピアノ演奏がお勧めです)